ウェルズの日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(新潮文庫/村上春樹 著) を読了

 2007年締めくくりの本となった。本書は村上春樹氏がウィスキーをテーマにスコットランドアイルランドを訪れた旅行をつづったエッセイである。
 村上春樹氏は二十数年前、ちょうど私が就職したころに興味を持ち、とりあえず「羊三部作」を読んでファンになった。以来、新たな作品が出版されるごとに読んできた。本書は未読であったのを、先日「Tree House」で見つけて買ってきた。単行本は1999年12月に、文庫本は2002年10月に出版されているので、未読のままであったのが不思議なくらいだ。なぜなら私の大好きな酒について語っている本だからだ。本屋に並んでいれば手にとっても良さそうなものだが・・・・。

本の裏表紙の紹介文は次のとおりだ。

 シングル・モルトを味わうべく訪れたアイラ島。そこで授けられた「アイラ的哲学」とは?『ユリシーズ』のごとく、奥が深いアイルランドのパブで、老人はどのようにしてタラモア・デューを飲んでいたのか?蒸溜所をたずね、パブをはしごする。飲む、また飲む。二大聖地で出会った忘れがたきウィスキー、そして、たしかな誇りと喜びをもって生きる人々―。芳醇かつ静謐なエッセイ。


 アイラ島は3000人をわずかに越える程の人口の小さな島だ。主要な産業はモルト・ウイスキーの蒸留と観光である。スコットランドアイラ島について書かれた一節が気に入ったので引用してみる。


     しかしながら、そんな悪い季節にもわざわざこの辺鄙な島に足を運んでくる人々は少なからず存在する。
     彼らはひとりで島にやってきて、何週間か小さなコテージを借り、誰に邪魔されることもなくしずかに本を読む。
     暖炉によい香りのする泥炭(ピート)をくべ、小さな音でヴィヴァルディーのテープをかける。
     上等なウィスキーとグラスをひとつテーブルの上に載せ、電話の線を抜いてしまう。
     文字を追うのに疲れると、ときおり本を閉じて膝に置き、顔をあげて、暗い窓の外の、波や雨や風の音に耳を澄ませる。


 なんと素敵な時間ではないか。このような贅沢な時間の過ごし方をすることが私の夢の一つでもある。

 また、アイラ島は牡蠣が旨いらしい。それも生牡蠣にウィスキーのシングル・モルトをかけて食べると旨いという。なっ、なんと贅沢な食べ方。殻の中の牡蠣にシングル・モルトをとくとくと垂らし、そのまま口に運ぶ。読んだだけで生唾ゴクリである。

 スコットランドにつづいて著者はアイルランドを訪れている。
 アイルランド編の書き出しはこうだ。
      タラモア・デュー
      ロスクレアのパブで、
      その老人によって
      どのように
      飲まれていたか?
 なんだかフィリップ・K・ディックSF小説アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のような命題だ。
 ここでは、スタウト(黒ビール)についても触れられているが、やはりアイリッシュ・ウィスキーが話の中心である。地元の人はウィスキーを飲むとき氷を入れないらしい。ストレートかたいていは少量の水を混ぜて飲むらしい。私は、たいていロックで飲んでいるが、あちらの人は「良いウィスキーに氷を入れて飲むのは、焼きたてのパイを冷蔵庫に放り込むようなものだ」と考えているらしい。勉強になった。

 アイラ島では、子供が生まれると人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと人々は黙してウィスキーのグラスを空ける。
 アイルランドでは、着古してはいるが清潔できちんとした身なりの老人がパブのいつものカウンターで、いつものタラモア・デューのグラスを傾ける。まるでそれが神聖な儀式であるかのように。
 そうした日常の積み重ねが歴史を刻み、文化を醸す。

 それにしても、村上氏はさりげない日常を素敵に表現する名人だ。