ウェルズの日記

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『きれぎれ / 町田康(著)』(文春文庫)を読む

そもそも俺は、いろいろな仰々しい道具や機械も厭で、なぜかというと、その機械、例えば魚焼き機などという、即物的でグロテスクな機械が目の前にあることによって、例えば、鯖を焼いて食いたい、という自分の貧しい欲望が具現化してそこにあるような気持ちになり、そうなると、心の寒さが生活全般に拡大して、厭世的厭人的な気持ちが心のなかでぶんぶんに膨らんで、人生が暗くなるからである。                                       (本書P44より)

きれぎれ (文春文庫)

きれぎれ (文春文庫)

『きれぎれ』を読みました。町田康氏の小説、−平成12年上半期−第123回芥川賞受賞作である。うーん、良いといえば良い、面白いと言えば面白いのだが、どうもなにか・・うーん・・・なのである。

審査員の選評はどんなだったのかと興味を持ち検索してみた。

http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun123MK.htm

やはり選評は好意的なものと否定的なもの二つに分かれているようだ。そうした意味では問題作でもあるのだろう。

選考員の一人、河野多恵子氏の仰る「痛ましい気がする」というのが最も私の読後感に近い表現だ。逆に、別の選者の池澤夏樹氏は「ここまで密度の高い、リズミックかつ音楽的な、日本語の言い回しと過去の多くの文学作品の谺に満ちた、諧謔的な、朗読にふさわしい、文章を書けるというのは嘆賞すべき才能である。」とべた褒めである。(私はこの小説を諧謔的だとは思わないが・・・)

町田康(まちだこう)氏は、パンクロック歌手にして詩人、詩人にして俳優、俳優にして小説家であるらしい。したがって、氏の小説もパンクロックに共通するスタイルがあるのかも知れない。アバンギャルドな文体といってもいい。
好きか嫌いかは別にして、町田氏が才能に溢れていることは間違いないだろう。
私には文学的にどうこういうだけの見識はない。本を読んだ印象だけだが、読むのが辛いというのが正直なところ。この小説の約4年後に書かれた『パンク侍、斬られて候』もアバンギャルドな文体であるが、こちらのほうが数段よろしい。
なぜなら『パンク侍、斬られて候』こそ諧謔的な小説だから。

裏表紙の紹介文を引きます

絵描きの「俺」の趣味はランパブ通い。高校を中途で廃し、浪費家で夢見がちな性格のうえ、労働が大嫌い。金に困り、自分より劣る絵なのに認められ成功し、自分が好きな女と結婚している吉原に借りにいってしまうが…。現実と想像が交錯し、時空間を超える世界を描いた芥川賞受賞の表題作と他一篇を収録。