佐々陽太朗の日記

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『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一/著・講談社現代新書)

読み始めたら止まらない

極上の科学ミステリー
                  (本書帯キャッチコピー)

生物と無生物のあいだ』(福岡伸一/著・講談社現代新書)を読み終えました。

生命とは何か? 「それは自己複製を行うシステムである」
これが本書のテーゼである。

そしてこのテーゼの基盤となるのは、互いに他を相補的に写し取っているDNAの二重らせん構造である。

しかし福岡氏はそれだけでは生物の定義として不十分であるという。

「ウィルスを生物とするか無生物とするか」ということについて、福岡氏はウィルスを生物であるとは定義しない。

ウィルスは生物と無生物のあいだをたゆたう何者かである」とする。

ウィルスは細胞にとりつき、自身のDNAを細胞内部に注入することでそのシステムを乗っ取り自己増殖する。

さながら寄生虫と同じである。では、なぜウィルスは生物ではないのか?

そのあたりの境界、生物と無生物を隔てるなにかをさぐりあて定義する、それが本書のテーマだ。

ウィルスを生物とするか無生物とするかという議論については古くから論争の的であってなんら目新しいものではない。

今さらの感を拭えないものの、読めばサイエンス本とは思えない詩的文章に惹きつけられ、

著者のもう一つの定義「生命とは動的平衡(dynamic equilibrium)にある流れである」という結論に至って、

読者は「生物と無生物のあいだにあるもの」がストンと腑に落ちるのである。

読ませます。それも私のように科学に暗い人間にもわかるように、しかも興味を持たせ続けながら読ませてくれます。

すばらしいの一語に尽きる良書です。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

【余談一】

では人間の人間たる所以は何なのか?

草薙素子に会いたい・・・・そう私のゴーストがささやいた。

http://hyocom.jp/blog/blog.php?key=76968

【余談二】

今年読んだ一〇〇冊あまりの本の中で、

「生まれ変わったら京大に行きたい」と思った三冊目の本。

  -「鴨川ホルモー
  -「夜は短し歩けよ乙女
  そして本書である。

著者は京大出身だが、在学していた1970年代の京大についての記述が53Pにある。

自由気ままでのんびりした学風であったらしく、学年の進級に対して何の制約もなく、単位は全て卒業までに取れば良いとされていた。

4年生になってあわてて単位をそろえようとする学生も多かったようで、それを彼らは「教養がじゃまをする」と称していたとのこと。

教養課程の単位不足という意味である。

高い教養をもつという自信に裏打ちされたユーモア、かっこいいな・・・

ひたすら勉強の暗い中学・高校時代を過ごそうとも、二浪、三浪しようとも、生まれ変わったら必ず京大に行きたい。

そう思う。

できるかな。できないだろうな、きっと・・・

【余談三】

生物学者がお書きになった本にしては、文章がすばらしい。

表現に味わいがあり、一言に込められた意味も深い。

例えば

  • この建物の廊下を、かつてヒデヨ・ノグチは慌しく駆けていただろうし、オズワルド・エイブリーは影のように音を消して歩いていた。ルドルフ・シェーンハイマもしばしばここを訪れていたはずだ。そして、そのような偉人たちとは比べるべくもないが、私もまたある時期、この場所に属していたのである。 P15
  • 固執した思考はその常として幻想である。 P67

 科学専門誌の巻末には必ずおびただしい数のポスドクの広告がある。そしておびただしい数の応募があるはずだ。つまり、ここに存在しているのは、少なくともたこつぼではなく流動性のある何か、あるいは風なのだ。  P88

  • さて、生命現象もすべては物理の法則に帰順するのであれば、生命を構成する原子もまた絶え間のないランダムな熱運動(ここに挙げたブラウン運動や拡散)から免れることはできない。つまり細胞の内部は常に揺れ動いていることになる。それにもかかわらず、生命は秩序を構成している。その大前提として、"われわれの身体は原子にくらべてずっと大きくなければならない" というのである。
  • それは、すべての秩序ある現象は、膨大な数の原子(あるいは原子からなる分子)が、一緒になって行動する場合にはじめて、その「平均」的なふるまいとして顕在化するからである。原子の「平均」的なふるまいは、統計学的な法則にしたがう。そしてその法則の精度は、関係する分子の数が増せば増すほど増大する。
  • ランダムの中から秩序が立ち上がるというのは、実はこのようにして、集団の中である一定の傾向を示す原子の平均的な頻度として起こることなのである。  P141

遠浅の海辺。砂浜が緩やかな弓形に広がる。海を渡ってくる風が強い。空が海に溶け、海が陸地に接する場所には、生命の謎を解く何らかの破片が散逸しているような気がする。だから私たちの夢想もじばしばここからたゆたい、ここへ還る。  P152

あげてゆけばきりがない。