佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『くねくね文字の行方』(椎名誠・著/角川文庫)

『くねくね文字の行方』(椎名誠・著/角川文庫)を読みました。1997年4月に本の雑誌社から出版された『むはのむは固め』を改題した角川文庫版。改題前の名の方が私の好みではあるが。

まずは出版社の紹介文を引きます。

日本の夏のムシ暑さのなか、ゼイゼイ言いながら思い出すのは草原の国、モンゴルでの日々。映画撮影の合い間には、ゲルの日かげ、吹きぬけていく風のなかでの、至福の読書を楽しむ。巣穴から出入りする、かわいい地ネズミと顔なじみになる―。はたまた日本に戻ってからは、めまぐるしく駆けめぐる、地獄のような日々がはじまった!あつくはげしい人生のひとときをつづったエッセイ集。 

 

くねくね文字の行方 (角川文庫)

くねくね文字の行方 (角川文庫)

 

 

旅、映画、読書、仲間と呑む酒・・・シーナ氏の日常をつづった定番エッセイ。1994年9月から1997年の2月まで『本の雑誌』に「今月のお話」として掲載されていたものをまとめて収録したものだけにシーナ氏とその仲間たちをよく知らない人にはちと読みにくいかもしれない。『本の雑誌』の読者でなく、目黒孝二、沢野ひとし木村晋介太田和彦、こうした名前を聞いて「誰、それ?」という人には本書はあまり楽しめないだろう。逆に目黒孝二が北上次郎と同一人物と知っており、沢野ひとしがウマヘタ絵を描く画伯であると知っており、木村晋介オウム事件当時、坂本弁護士一家救出運動に尽力したと知っており、太田和彦が背筋を伸ばした酒飲みであることを知っており、椎名誠沢野ひとし木村晋介と聞けば「克美荘」を思い浮かべる程度の知識のある人にはたまらなくおもしろい本でだろう。

作中激しく共感した章がある。「おれはわしではない」と題されたものだが、要するに以前、シーナ氏が受けた取材で自分のことを「わし」などといっていないにも関わらず、「わし」と表記された経験が書かれている。その章に開高健氏との対談の思い出が書いてあるのだが、その開高氏の言葉が強く印象に残ったのでその一節を引いておく。

 開高健さんとある雑誌の対談で一緒だったことがある。週刊誌の人々がきていた。開高さんへの取材であった。開高さんは早口でいろいろ話した。ひとしきり取材が終わったあと、記者が「この談話の記事をまとめたものをゲラの段階で読みますか?」と聞いた。すると開高さんはやはり早口の関西弁で、

「見なくてもいい。ただし君の質問に正確にきちんと答えたのだから、もし君がそのことを恣意的に取りちがえたり、間違って書いたりしたらオレはあんたを二、三発殴る権利があるよな」と睨むようにして言うのがなかなか迫力があってカッコよかった。

 以来何かのときに真似しようと思っているのだが、そもそも取材に対して開高さんほど鋭いことを言ってないのでまだその真似は成功していない。

 マスコミ人の一部にあたかも自分を特権階級だとでも思っているのか、自分の思うままに事実をねじ曲げて記事にしてしまう輩がいる。自分の価値観が正しいと信じ他の者を啓蒙するつもりでもいるのだろうが、まことに腹立たしいことこの上ない。

むはのむは固め

むはのむは固め