ウェルズの日記

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『件』(内田百閒 1921年 「新潮文庫・日本文学100年の名作・第一巻 1914-1923 夢見る部屋」より)

新潮文庫・日本文学100年の名作・第一巻 1914-1923 夢見る部屋」に収録された『件』(くだん)を読みました。

 

 

「件」とは「半人半牛の姿をしており、ぜったいに外れることのない不吉な予言を残して死ぬという妖怪」のことで、幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。人偏に牛で「件」なのだ。

この「件」を百閒は夢ともうつつとも知れない短編小説にした。あるとき突然に自分が件になっていた。ある朝目覚めたら巨大な無視になっていたというカフカの「変身」を彷彿させる不条理である。件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で未来の凶福を予言するものだということを思い出し、こんなものに生まれて生きていても仕方がないから三日で死ぬのはかまわないけれど、何を予言して良いのか判らないと困ってしまう。人間どもが件を恐る恐る取り囲み、予言を今か今かと待ちかまえる様と件が何を予言して良いのか判らず、かといって他の手だてがあるわけでもなく無為な時間が過ぎていく様がそこはかとなくおもしろく、しかしいつその状態に思いがけない変化が訪れるかも知れないという緊迫感、得体の知れない恐ろしさが不思議な空気を醸し出している。これはおもしろい。

かの小川洋子氏はご自身がセレクトした短編集『小川洋子の偏愛短篇箱』(河出書房新社)のいの一番にこの「件」を持ってきている。小川氏は「”件”の良さが判らない人とは友達になれない」とエッセイに書かれたことがあると聞くが本当だろうか。どうやら私はそこではねられることはなさそうである。

 

小川洋子の偏愛短篇箱 (河出文庫)

小川洋子の偏愛短篇箱 (河出文庫)

 
小川洋子の偏愛短篇箱

小川洋子の偏愛短篇箱