『テロリストのパラソル』(藤原伊織・著)の一場面に出てくるホットドッグが食べたくなり作ってみました。
島村圭介(本名・菊池俊彦)が浅井志郎と初めて出会った場面。この場面が大好きです。
長文になりますが、その場面を引用します。
「狭いですね」 青いスーツがいった。
「ああ、狭いな。しかもうす汚い」 白いスーツがいった。それから彼は値踏みするように私を見た。薄い氷のような目つきだった。
「ケチな店だ。ケチな店にケチなバーテンがいる」
逆の立場なら、私は彼に同意したかもしれない。
「何にしますか」と私はいった。
「ビール二本。それとメニュー」
冷蔵庫からビールをとりだし、栓を抜いた。コップといっしょにカウンターに置いてからいった。
「あいにくメニューがなくてね」
「なら、なにがあるんだよ」 青いスーツがいった。
「ホットドッグ」
「ほかには?」
「いや、ホットドッグだけ」
青いスーツが白いスーツを見た。判断をあおぐような顔つきだった。白いスーツは、相変わらずとがった鋭い目つきで私を見すえたまま黙っている。青いスーツがいった。
「なんだよ。バーやってて、つまみがホットドッグだけってか」
うなずいた。
「冗談いってんじゃないだろうな」
「客商売です。冗談はいわない」
白いスーツがやっと口を開いた。「世も末だな。チンケなバーもあったもんだ。ホットドッグとはな」
「店の方針なんです。この単純さを気にいってくれるお客さんもいる。もし、なんでもそろっているようなところをお望みならここはふさわしいとはいえませんね。新宿は広い。お客さん向けの店なら腐るほどある」
「てめえ、だれにものいってんだ」 青いスーツが声をあげた。
白いスーツがさえぎるようにゆっくり手をあげた。その指がそろった方の腕には、手首にロレックスの時計が光っていた。
「まあいい。そのホットドッグをふたつもらおうか」
オーブンレンジのスイッチをいれた。パンを手にとってふたつに割り、バターをひいた。
ソーセージに包丁で刻みをいれる。それからキャベツを切りはじめた。やはり手は震えない。きょうも一日、アルコールをコントロールできた。
青いスーツが白いスーツにビールをつぎながら声をかけてきた。
「なんだ、注文があってからキャベツを切るのかよ」
「そうです」
「めんどうじゃねえか」
私は顔をあげた。「めんどうじゃないことをたくさんやるか、めんどうなことをひとつしかやらないか。どちらか選べっていわれたら、私はあとを選ぶタイプでね」
「ややこしいことをいいますね。このバーテン」
「ケチな男だよ」 白いスーツが口を開いた。「実際、ケチな野郎だ。けどインテリだな。能書き並べるケチなインテリだ。そんなやつほど話に筋をとおそうとするんだ。おれのいちばん嫌いなタイプだ」
フライパンにバターを溶かし、ソーセージを軽く炒めた。次に千切りにしたキャベツを放りこんだ。塩と黒コショウ、それにカレー粉をふりかける。キャベツをパンにはさみ、ソーセージを乗せた。オーブンレンジに入れて待った。そのあいだ、ふたりの客は黙ってビールを飲んでいた。ころあいをみてパンをとりだし皿に乗せた。ケチャップとマスタードをスプーンで流し、カウンターに置いた。
青いスーツがホットドックをひと口かじり、無邪気な声をあげた。「へぇ。うまいですね、これ」
「ああ」 白いスーツがうなずいた。その目からふっと氷が溶け去ったようにみえた。私の思い違いかもしれない。
「おれの口にゃあわねえが。そうだな、たしかにこりゃよくできてる」 白いスーツはそういった。
「それはどうも」
「かんたんなものほど、むずかしいんだ。このホットドッグは、たしかによくできている」 白いスーツがくりかえした。
私の好みでケチャップは使いませんでしたが、書いてあるとおり作ってみました。
なかなかうまい!