佐々陽太朗の日記

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『唐獅子株式会社』(小林信彦・著/新潮文庫)

『唐獅子株式会社』(小林信彦・著/新潮文庫)を読みました。

何十年ぶりの小林信彦氏です。

まずは出版社の紹介文を引きます。

任侠道はもう古い、ヤクザだって近代的にならねば――大親分の号令で須磨組一家の、シティ・ヤクザへの大変身が始まった。社内報の発行を皮切りに、放送局、映画産業、音楽祭……と、流行の先端に追いつけ追い越せ。背なで泣いている唐獅子もあきれ返る大騒動が展開する。ページからあふれ出るギャグに乗せて、現代風俗から思想、文学までパロディ化した哄笑の連作10編。

 

唐獅子株式会社 (新潮文庫)

唐獅子株式会社 (新潮文庫)

 

 

ここに書かれているのは「諧謔」。所謂おたわむれである。ヤクザものの諧謔小説は結構多い。ピカイチはなんといっても『プリズンホテル』(浅田次郎)、「夏」「秋」「冬」「春」と続くシリーズは面白いだけでなく、ボロボロ泣けてしまうという具合で一つの金字塔と言って良いだろう。もう一つのオススメは『任侠書房』(『とせい』を改題)、『任侠学園』、『任侠病院』と続く阿岐本組シリーズ。ヤクザものにしてお仕事小説でもあるという快作です。そして本作。本作の特徴はなんといってもパロディー。たとえば第9話「唐獅子脱出作戦」を読めば、もう一度映画『カサブランカ』を視たくなるってなものだ。

こうしたヤクザものに顔をしかめる人もいるだろう。しかし読み物として楽しむ分には構わないではないか。実際にヤクザになったり、ヤクザとつきあったりするわけではないのだ。ヤクザの世界の不条理は遍く他の世界にも存在する。親分から言いつけられた無茶を何とかしようと頑張る姿は、サラリーマンの世界そのものではないか。力のある組の要求をしぶしぶ飲まざるを得ない弱小な組の姿は下請け企業の悲哀そのものではないか。そうした有無を言わせぬ力関係の絶対性においてヤクザの世界ほど純粋なところはない。そこが面白いと同時に哀しいところであって、それこそが味わい深い。

もう一点、本書のすごいところがある。それは本書がアイロニーに満ちているところ。おそらく大方の読者は登場するヤクザのギャグを「バカだなぁ」と笑いながら読み進めることだろう。しかし読み進めるうちに幾重にも考えられたパロディーに、小林信彦氏の知識の膨大さ、深さに圧倒されるはずだ。ヤクザは無頼漢として怖れられると同時に、真っ当な者でないと蔑まれる一面を持つ。そうしたヤクザに滑稽な役回りを演じさせることによって、読者は一種の優越感を持って読んでいくうち、いつしか自分の知識の無さ、浅薄さに気づかされることになる。ただのおたわむれではないのだ。すごい。