『地の業火 勘定吟味役異聞(五)』(上田秀人・著/光文社文庫)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
徳川御三家筆頭尾張家当主・吉通が急死。江戸入りしていた紀州家当主・吉宗も動く。水城聡四郎は、吉通の死の謎を探るよう、新井白石に命ぜられ、京へ上る。聡四郎を阻止すべく、東海道を暗躍する刺客たち。背後には紀伊国屋文左衛門の影が。
幼き七代将軍・家継を巡り、混迷を深める幕府と御三家の争い。一放流の豪剣で立ち向かう聡四郎は、正義を貫けるか!
今巻で聡四郎は尾張家・義通の急死の謎を探るべく京へ上ることとなった。図らずも紀伊国屋文左衛門が同道することに。悔しいが現時点で人の幅、深みにおいて聡四郎は文左衛門に及ばない。剣での幾多の修羅場はくぐり抜けてきた聡四郎であるが、浮き世の経験、当主としての経験においては、文左衛門はさすがである。
さて、金座をめぐる謎が次巻でどのような展開を見せるのか。それが八代将軍・吉宗にどうつながっていくのか、興味あるところ。続きを読もう。
箱根関を護る小田原藩中老が部下の不手際の詫びに金子を包んだのを清廉さをもって拒否した聡四郎に文左衛門が諭す場面が興味深い。ひとかどの人物になりたければ知っておくべきことかもしれない。
「御上の・・・・・・その御仁がなぜここに留められておられるのだ」
ものものしい雰囲気を見て取った西岡の詰問に、関所番頭がいきさつを伝えた。
「た、たわけが・・・・・・」
怒鳴り散らす西岡を聡四郎がなだめた。
「箱根の関所は江戸の守り。その番頭がうたがわしきを調べるのは当然でござる。お咎めなさるな」
平謝りに謝る小田原藩士たちに見送られて、聡四郎たちは関所を出た。
「貰っておかれればよいものを」
山駕籠に乗りながら紀伊国屋文左衛門が言った。表沙汰になっては困ると西岡が包んだ金を、聡四郎は断った。そのことを紀伊国屋文左衛門は嘆いているのだ。
「金は湧いて出ものではございませんよ。それに出所はどこであれ、金は金。けっして汚くなることはございませぬ」
「遣う者によって金は変わると言いたいのか」
「頭のいいお方とお話をするのはなかなか楽しいものでございますな」
聡四郎のいらつきを、紀伊国屋文左衛門は軽くいなした。
「ですが察しの悪いお方としゃべるのは、気分を害するのでございますよ」
ふいに紀伊国屋文左衛門の声が低くなった。
「どういうことだ」
「水城さま。あなたが清廉潔白であろうとなされるのは、勝手。なれど他人まで巻きこむのはいただけません」
紀伊国屋文左衛門が、聡四郎の瞳を見つめた。
「あそこで受けとってやれば、小田原のみなさま方も安心して送りだしてくださったでしょうに。お断りになるから、いつこの話を蒸し返されるかと、そう、水城さまがお役に就いているかぎり、不安にさいなまれることになりまする」
指弾するように紀伊国屋文左衛門が告げた。
「なっ」
思ってみなかったことを聞かされて、聡四郎は絶句した。
「清濁あわせ飲めとまでは申しませぬが、少しは相手のことも考えておやりになりませぬと、独善になりますよ」