佐々陽太朗の日記

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『恋歌』(朝井まかて・著/講談社文庫)

『恋歌』(朝井まかて・著/講談社文庫)を読みました。

まずは出版社の紹介文を引きます。

 樋口一葉の師・中島歌子は、知られざる過去を抱えていた。幕末の江戸で商家の娘として育った歌子は、一途な恋を成就させ水戸の藩士に嫁ぐ。しかし、夫は尊王攘夷の急先鋒・天狗党の志士。やがて内乱が勃発すると、歌子ら妻子も逆賊として投獄される。幕末から明治へと駆け抜けた歌人を描く直木賞受賞作。

 

恋歌 (講談社文庫)

恋歌 (講談社文庫)

 

 

 正直なところ「序章」を読んだ段階では、これは読めたものではないと感じていた。明治以降における女流作家の草分け三宅花圃が歌の師である中島歌子の入院を知り病院に駆けつけるところまでが序章なのだが、これがいただけない。当時の上流階級の女性の所作、言葉遣いがプンプン臭うものだから男子たる私は辟易してしまうのだ。それでもなんとか序章を読み終え第一章に入るとこの小説は全く別の顔を見せる。江戸の裕福な宿屋の娘と水戸藩士の恋。桜田門外の変天狗党の乱 、そして明治維新。史実とされている事柄の中に朝井氏が忍び込ませたフィクションが意外な結末を見せる。意外性を演出するためのやり過ぎ感は否めないが、もう一人の登世(市川三左衛門の娘)を登場させた結末こそが幕末から明治に至る混沌に対する朝井氏の答えなのだろう。復讐の連鎖は何も生まない。誰をも幸せにしない。朝井氏は中島歌子をして不毛の連鎖に”ノーサイド”を宣告させた。ひょっとしたらそれは歌子の優しさや赦しではなく、自らを怨恨の手の届かないところにおき、最終の勝利を手にする妙手であったかもしれないが。

 視点を恋に転じよう。朝井氏はこの小説を『恋歌』と名付けた。

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
     われても末に 逢はむとぞ思ふ

  崇徳院のこの歌がこの小説の華である。物語全体は幕末の水戸藩の陰惨な歴史によって血塗られているとは云え、主人公登世(中島歌子)の純粋で一途な想いが一服の清涼感を与えている。一途であったか故の哀しい物語ではあるが、その想いに生きたからこそ幸せであったのだと思わせてくれる。