佐々陽太朗の日記

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『恋しくて - TEN SELECTED LOVES STORIES』(村上春樹・翻訳・著/中公文庫)

『恋しくて - TEN SELECTED LOVES STORIES』(村上春樹・翻訳・著/中公文庫)を読みました。

まずは出版社の紹介文を引きます。

初心者の震えも、上級者の迷いも、「恋する心」に変わりはありません―村上春樹がセレクトして訳した海外作家のラブ・ストーリーに、本書のための自作の短編小説「恋するザムザ」を加えた全十編を収録。素朴な恋物語、屈折した恋愛…一粒一粒がこんなにもカラフル。とりどりの味わいを楽しむアンソロジー。《★の数で作品のテイストを訳者が判定。恋愛甘苦度表示付き。》

  

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES (中公文庫)
 

 

 私の好みはなんといっても第一話「愛し合う二人に代わって」(マイリー・メロイ)だ。甘く切ないストレートなラブストーリーである。「世の中には初心者向けの素直で素朴な恋愛もあれば、上級者向けの屈折した恋愛もある」 村上氏はあとがきの一節にこう書いている。もうすぐ五七歳を迎える私であるが、私の場合「初心者向けの素直で素朴な恋愛」が好みだ。この歳で初心者向けの恋愛でもあるまいにと思う反面、それの何処が悪いという開き直りもある。やっぱり恋愛にはある種の熱が必要だし、いくつになってもワクワク感が欲しい。おそらく冷静になってみればそれは恥ずかしいことなのだろう。しかし、そもそも恋とはそういうものなのだと思う。

 

 蛇足であるが、今年のノーベル文学賞村上春樹氏が選ばれず、ボブ・ディラン氏が選ばれた件についてひとこと。

 私はノーベル文学賞に選ばれなかったといって少しも残念に思わない。過去の受賞者を見ても、ノーベル文学賞の価値に疑問を持ちます。(日本のO氏の授賞は特に) 何故かというとノーベル文学賞が純粋に文学的価値を基準に選ばれているとはかぎらないと感じているからです。多分に民族、社会、人種、戦争など社会問題を取り上げた作家を選ぶ傾向があるのではないだろうか。それが悪いとはいわない。しかし偏っていると感じるのだ。もちろん優れた文学を選ぶ普遍的な価値観などあり得ない。偏っているのも致し方ない。であればその偏った選考に漏れたからといって村上氏の小説の良さがいささかも損なわれるものではないのだ。村上氏の小説にはノーベル文学賞選考委員が好みそうな要素が希薄だ。しかしだからといって村上氏が社会問題に向き合っていないわけではない。それは2009年2月に村上氏が「エルサレム賞」を授賞したときのスピーチを聴けば明らかだ。彼はこの賞を与えてくれたイスラエルが行っているガザ地区への攻撃について、こう語っている。私はこのスピーチに痺れた。

 

「われわれはみな、国籍や宗教を越えた存在であり壊れやすい卵だ。今、われわれは高く、強く、冷たい壁に直面し勝てそうもないように思える。しかし、人間のユニークさかけがえの無さ、ともに行動することによって得られる温かさを信じるべきだ」