今回の信州旅行の一番の目的は「みなとや旅館」に泊まることでした。
諏訪大社・秋宮のすぐ近くにこの旅館はあります。国道142号の旧甲州街道と中山道が合流したところの路地を入ったところに静かに立つ。外観からはこの旅館の良さは判らない。ガラガラと引き戸を開け、中に入って初めて古民家風の良さが伝わってくる。数々の文人、アーティスト、芸能人に愛された昔がそのまま残っていると感じました。
さらにこの旅館の魅力は貸切の露天風呂「庭湯」。千年の歴史を持つ名湯「綿の湯」の源泉を引いた、加水、加熱なしの源泉掛け流し。これこそ「ほんもの」です。アメリカの雑誌『ライフ』に「最も日本的な風呂」と紹介されたとか。さもありなん。
YouTubeに「庭湯」の動画があったので差し込んでおく。
「みなとや旅館」のもう一つの魅力は食事だ。食事場所に行くとテーブルに諏訪湖のワカサギ、信州の山菜いろいろ、イナゴ・蜂の子・ざざむしの佃煮、鯉のうま煮、熟し柿など、酒がすすむ美味いものが載った小皿がならんでいる。イナゴもワカサギも食べるにちょうど良い小さめのもの。部屋の照明はぼんやりやわらかく温かな光。以前読んだ谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に書いてあったとおり、こうした照明が食べ物をもっとも美味しく見せる。メインは馬肉二種。馬刺しと桜鍋だ。馬肉は高タンパク低カロリーな食べ物。グリコーゲンやビタミン、不飽和脂肪酸も豊富に含む健康食。翌朝、シャキッと目が覚めたのもこの食事のおかげかも知れない。馬刺しをアテにこの地方の小さな蔵「豊島屋」の『神渡(みわたり)』を飲んだ。90歳でいらっしゃるという大女将がずっと横について、話したり酌をしてくださる。白洲次郎・正子夫妻の話、小林秀雄氏や永六輔氏の話、御柱祭の話、話題は尽きず、酒もすすむ。まこと得がたい経験でした。食べ頃になるまでじっといじらず待ち、食べた桜鍋の美味かったこと。ご飯のおかずとしても最高で、最後に残った汁をごはんにかけて食べました。すでに満腹のはずが、別腹で食べました。
そうそう朝食のことも忘れてはなりません。「庭湯」で朝風呂をいただいたあと、朝食の席に着くと山菜やら稚鮎やらの小皿がならぶ。まず冷たくシャーベット状に凍った熟し柿を出していただいた。風呂上がりに甘く冷やっこい柿はうまい。蕎麦粥は滋味豊かな味。最後に味噌をまとった焼きおにぎりも出してくださった。サイクリング前の食事として最高でした。
もうひとつ書き留めておきたいことは、旅館の若女将の心遣い。我々がサイクリングをするためにひとかたならぬお世話になった。プライベートなことでもあるので詳しくは書かないが、若女将のお心遣いで7月16日は最高のサイクリングができました。若女将お勧めのコースをめぐり、一生の思い出になる景色に出会えました。心から感謝申し上げます。サイクリングについては別に記します。
「みなとや旅館」には一切の虚飾がない。あるのは昔から積み重ねてきたほんもの。今風の便利さや厳たるプライバシーを求める人にはお勧めしない。そのような人は味気ない箱のようなホテルに泊まれば良いのだ。私は便利であってもどこかよそよそしい宿よりも、他にはない個性と温かい心遣いのある「みなとや旅館」に泊まりたい。何度も訪れたい宿に出会えました。
1階帳場近くには岡本太郎氏の「龍」の書
庭湯
諏訪湖のワカサギ。この大きさがちょうど食べ頃。
またたび酒で乾杯
馬刺し。品質が良いのでしょう。他で食べた馬刺しより美味いと感じました。
桜鍋。
この状態が食べ頃。
朝食