『いとしいたべもの』(文・画:森下典子/文春文庫)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
できたてオムライスにケチャップをかける鮮やかな一瞬、あつあつの鯛焼きの香ばしい香り……ひと口食べた瞬間、心の片隅に眠っていた懐かしい思い出が甦る――だれもが覚えのある体験を、ユーモアに満ちた視点と、ほのぼのイラストでお届けする、23品のおいしいエッセイ集。
「おこわのおにぎりを見ると、ちょっとかなしくなる。(中略)……だけど(中略)……かなしくて苦いのは私の内側であって、おこわ自体に罪はない、と気づいたのは四十をとうに過ぎてからである。」(本文「かなしきおこわ」より抜粋)
ひと口食べた途端思いがけず、心の片隅にあった感情の記憶が蘇ってきたことが、ありませんか? それは時代の空気だったり、個人の思い出だったり…、嬉しくなるような記憶や、ほろ苦いような記憶も。
私たちの味蕾が記憶した味は、誰もが同じようにうなずける食感やおいしさで、つながっていて、それだから大きな安らぎを覚えます。でも、それぞれちょっとずつ、味付けの記憶は違うものなのかもしれません。
そんな舌の記憶を呼び覚ます、いとしいたべもの21品を、森下典子さんがこの一冊にこめて仕上げました。
思い起こせば、「森下さん、最近日本人の味蕾は減っているらしいです。大変です! 日本人の味蕾を呼び覚ます1冊を書いてください!」と始まったこの企画。
たべものとは何ぞや、味とは何ぞやといくつもの談義を重ねて重ねて…。
昭和と平成を紡ぐ、この懐かしく美味しいエッセイたちを、ほのぼのとしたタッチのイラストとともに、心ゆくまで召し上がれ!
「たべものの味にはいつも、思い出という薬味がついている・・・・・・。」とは森下さんの言葉。本書の巻頭「はじめに」の結びの言葉です。一話一話に味と匂いの記憶が蘇ってくる気がするエッセイ。おばあちゃんの作ってくれたタケノコと里芋入りのカレーライス、おはぎ、お母さんの作ってくれたオムライス、サッポロ一番みそラーメン、おかゆ。それぞれの思い出が同世代の私の心に沁みました。食べ物を通じて見る人生の機微、家族の愛情、思いやり、切なさ、ひとつひとつの文と画がいとおしいほどです。よいエッセイに出会いました。