佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

神楽坂『あげづき』

 私はとんかつが好きである。

 一番の御馳走だと思っている。御馳走といえば鰻、ステーキ、寿司、ウニ丼、北京ダック、松葉ガニ、すき焼きなど枚挙に遑がないが、中でもとんかつが一番です。うどん屋に行けばカツ丼、カレー店に入ればカツカレーを注文する傾向がある。自分で自覚できるほど顕著な傾向である。

 BS-TBSの番組に「東京とんかつ会議」という番組がある。山本益博氏をはじめ三人の紳士がうまいとんかつを食べ歩くという番組だ。いろいろなおいしい食べ物を食べ歩くグルメ番組は数多いが、とんかつだけを食べ歩く番組が成立するのが不思議だがやはりとんかつを偏愛する人間は一定数いるのだ。その「東京とんかつ会議」で今年6月23日に放映され、全員文句なしで見事殿堂入りを果たした店が神楽坂『あげづき』である。

 さぞうまかろうと期待して行ったのだが、その期待するレベルを軽々と越えていた。11:30開店のところ、11:00に着き店の前で待っていると後ろにどんどん行列ができはじめた。開店10分前に店員がメニューを持って前もって注文を訊きに来た。そのメニューが意外であった。「南の島豚ロースかつ」から始まるメイン料理のメニューの他に「おつまみ」と「酒呑みの店主が選んだ銘酒」を持ってきたのだ。なんだこれは? まるで居酒屋ではないか。望むところだ。しからばと酒は「夏ヤゴ13MOMO」を一合、つまみは「金時草のおひたし」、メイン料理は「特上南の島ロースかつ」を頼んだ。

 時間きっちり11:30に一番乗りで入店。カウンターに陣取る。目の前で店主が大きな鍋を前に調理している。カツを揚げる様子を目の前で見ることができる好位置だ。しばらくすると酒が運ばれてくる。神奈川県・泉橋酒造のこだわりの酒「夏ヤゴ13MOMO」である。生酛造りで軽快な甘みがあり、嫌みを感じさせない程度に複雑な味をもつ酒です。ちなみに13(サーティーン)の名は赤とんぼのヤゴは13回脱皮することと、この酒のアルコール度数が13%であることに由来しているようだ。ほどなくつまみの「金時草のおひたし」も運ばれてきた。加賀野菜の金時草は夏が旬、ゆでるとぬめりが出て独特の味わいがある。オヤジくさいといえばオヤジくさいが、我ながらシブいチョイスだと思う。おひたしの上に小高く盛られた鰹節がイイ。

 本を読み、酒をちびちびやりながら店主の様子をチラチラ見ているとこの店の揚げ方の特徴が見て取れた。ふわふわの衣につつまれた分厚いカツをまずは低温の油でじっくり温めている。大きな鍋にたっぷりの油が入っているが、一度にたくさんは入れず、温度管理には細心の注意を払っている様子。ゆっくり時間をかけて低温の油で温められたカツを次に二つ目の鍋で揚げている。二つ目の鍋はおそらく高めの温度にしてあるのだろうが、揚げる音からして高温というほどではない。揚げあがりのカツの色が焦げていないのがその証拠だろう。また、分厚い肉の芯まで火がとおり、しかもパサパサせずジューシーなのは余熱も計算してきっちり火が通った時点で客に供しているのだろう。良い仕事をしています。驚くことに入店からとんかつが出てくるまで30分を軽く超えていました。うなぎ屋ならともかく、とんかつ屋で30分以上待たされたのは初めてです。入店前に注文をしており、しかも一番乗りだったのでなおさらです。私の後の客は待ち時間がさらに長かった。まず酒と肴の注文を取りに来る意味がわかりました。待ち時間も含めて十分に楽しめた幸福な時間。おいしゅうございました。

 ちなみに材料の豚は「南の島豚」。その特徴は肉質がきめ細かくやわらかい。このやわらかさはこだわりの揚げ方で損なわれることなくジューシーな状態で供されています。ロースを食べたが脂のしつこさを感じない。脂の融点が低いのだろう。いやなニオイもない。