佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『スティグマータ STIGMATA』(近藤史恵・著/新潮文庫)

スティグマータ STIGMATA』(近藤史恵・著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

あの男が戻ってきた。三度の優勝を誇ったもののドーピングで全てを失った、ドミトリー・メネンコが。ざわめきの中、ツール・ド・フランスが開幕。墜ちた英雄を含む集団が動き始める。メネンコの真意。選手を狙う影。密約。暗雲を切り裂くように白石誓は力を込めペダルを踏む。彼は若きエースを勝利に導くことができるのか。ゴールまで一気に駆け抜ける興奮と感動の長篇エンタテインメント。

 

スティグマータ (新潮文庫)

スティグマータ (新潮文庫)

 

 

 待ってました! 早く読みたいと首を長くしながら待っていた文庫化がやっとかないました。読みたければ単行本で読めばいいようなものですが、私の読書スタイルは携帯移動時間潰。たしか北村薫氏の「円紫さんと私シリーズ」の第二作『夜の蝉』に主人公の父が「信号待ち時間に本を読む」という記述があったと思う。私はそこまでではないが気分的には似たようなもので、自動車や自転車を運転中は読まないが、バス、電車の車中ではひたすら本の頁をめくっている。

 期待に違わぬ面白さ。ツール・ド・フランスの緊迫した内幕を選手の視点で描ききっています。物語の肝になっているのはロードレースが個人競技に見えて実はチーム競技なのだということ。そしてレースの過酷さは体力的にピークを越えた選手にとって意欲や経験でカバーできるほど甘いものではないという現実。ステージ優勝のチャンスを目の前にしたチカがとった行動に心が震えた。気になるのはチームメイトのアルギの妹ヒルダの存在。想像するだに魅力的なヒルダが次作以降でどのように物語にからんでくるのか、ひょっとして・・・と期待は高まる。また次作を首を長くしながら待ちたい。

 蛇足ながら、作中に私が何故苦しい思いをしてまで自転車に乗ることを好むのかについて思い当たる記述があったので引いておく。

 走っているときは、頭の中が透明になる気がする。

 なにも考えなくなるのではない。いろんな考えが、風のように吹き抜けて通り過ぎる。

 ときどき、自分が気づかなかった感情すら、掘り起こされて驚くこともある。見えなかったものがいきなり見えたり、忘れていた記憶が蘇る。

 気持ちを揺さぶられることはさほど多くない。どんなに重苦しい記憶でも、どこか距離を置いて静かに向き合うことができる。

 まるで走っているときだけ、現実や不安から自由になれるかのようだ。そんなふうにときどき思う。

 もちろん、そんなものは気のせいに過ぎないし、永久に走り続けることなどできない。

 遅かれ早かれ止まらなければならないし、そうなれば、現実とも自分の感情とも向き合わなければならない。

 

 あぁ・・・そうなんだよなぁ。