佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『微光星』(黒谷丈巳・著/幻冬舎メディアコンサルティング)

『微光星』(黒谷丈巳・著/幻冬舎メディアコンサルティング)を読みました。N社のH社長に貸していただいたものです。著者・黒谷丈巳氏は京大の先輩だとか。

日本の死刑制度の是非を問う、本格社会派小説。

 

家族を殺されてもなお、死刑廃止論を語れるのか。

波紋が波紋を呼ぶ、社会派小説。

 

目には目を、歯には歯を、命には命を――。


洋食店を営む桧垣は、ある日突然、小学3年生の孫娘・茜を殺されてしまう。悲しみに暮れる彼のもとへ犯人逮捕の報せが届くが、判決は無期懲役。なぜ死刑ではないのか……。そしてついに、桧垣はある計画を行動に移す。死刑廃止論者と被害者遺族の関係を描いた、衝撃の一冊。

 

微光星

微光星

 

 

 残虐な殺人事件の報道に触れるたびに疑問を感じてきたことがテーマだけに物語に一気に引き込まれ、夜遅くまで読み続けました。世の中にはこんなことが出来るヤツがいるのかと信じられないほど身勝手で残虐な事件がしばしば起こる。今朝の新聞にもニュージーランドにおいて銃乱射で四十九人が死亡した事件があったと報じられている。ニュージーランド死刑廃止後、一旦復活させた時期もあったが、今は死刑を非人道的として完全に廃止している国だと聞く。そうすると犯人として拘束された三人はこれだけのことをしても死刑にはならないのだろう。このようなテロを引き起こした背景には何らかの思想信条があるのだろうから、仮にニュージーランドに死刑制度が残っていたとしても、それが抑止力となったかどうかは疑問だ。しかし被害者の立場からみればこの犯人たちが生き続けることがけっして納得できるものではないだろうと想像する。刑罰が犯人に死を与えないとすれば、自らの手で報復を果たしたいと考える人がいても不思議ではない。

 さて、本書で扱われた殺人事件はテロではなく、小学3年生の少女が性的行為を目的に誘拐され殺されてしまったというものである。事件はフィクションである。殺されたのが少女一人であったとは言え、その目的が身勝手な犯人の性癖によるものであり、年端もいかない少女に対する暴力であって、死ぬ間際までの少女の恐怖を考えると人のすることではないだろう。物語の主題はそうした人でなしに対しても刑罰として死を科することが許されないのだろうかということ、だとすれば遺族はそれをどう受け止め、同心の整理を着ければ良いのかということである。

 ここで小説中に刑罰に関する考え方が整理してある部分があるので引いておく。

 刑罰には、応報刑論と目的刑論がある。応報刑論とは、行った犯罪を根拠として、それに見合った苦痛を「犯罪行為の報い」として行為者に与えるという考え方である。古代のハムラビ法典にあったとされる「目には目を、歯には歯を」という言葉の通り、人間が昔から自然に持っていた考え方のようだ。犯した罪に見合った罰を受けることで、罪を償うということになろう。

 一方、目的刑論とは、すでに行われた犯罪に対する報いとして刑罰を与えるのではなく、犯罪者から社会を防衛しつつ、犯罪者を教育して再犯を防止させるために刑罰を科すというものである。

 

 もちろん死刑判決で人ひとりの命を奪うことの重さは計り知れない。国家が罰として人に死を科して良いのかという議論は当然あるだろう。しかし、死刑判決を受けたものはそもそもそれほど大切な他人の命を自分の勝手で奪っているのだ。死刑が相当と思われる人殺しの命においてなお死刑を命ずることに疑念が生じるのである。況んや罪なき者の命をやであろう。年端もいかない少女を己の性欲を満たしたいがために誘拐したあげく殺してしまうような者の命がそれほど尊重されねばならないのかという疑念は当然のことである。前記の目的刑論は非常に高邁な理論である。しかし、被害者に近しい者の心に少しも寄り添っていない。

 死刑判決を避けた裁判官、死刑を適用させないように弁護する弁護士、そして死刑廃止論者に対して本書は次のように問いかける。はたして自分の大切な家族が罪もないのに無残な殺され方をしたとしても、あなた方は同じ主張ができるのだろうかということである。

 死刑制度を残している日本がけっして人道にもとっているわけではない。拉致立てこもりの犯罪現場において、日本はギリギリまで強硬手段に訴えない。犯人を簡単に射殺してしまう形での解決を極力避ける。死刑を廃止している他の国において、犯人をたやすく射殺している例は多い。善良な市民が命の危険にさらされている局面においては、犯人を射殺して罪なき者の命を救おうとするのは理にかなっている。しかし、日本はそのような状況にあっても、可能な限り犯人を射殺することなく解決に導く道をさぐる。それほど人道的対応をする国なのだ。従って、死刑制度を残す日本が野蛮だとか、遅れているとか、非人道的であるなどの中傷はあたらない。

 はたして死刑は廃止すべきなのだろうか。法律は犯罪被害者遺族の情に寄り添うことはできないのだろうか。そうしたことを本書は問いかけている。