佐々陽太朗の日記

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『解錠師』(スティーヴ・ハミルトン:著/越前敏弥:訳/ハヤカワ文庫)

『解錠師』(スティーヴ・ハミルトン:著/越前敏弥:訳/ハヤカワ文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

 このミステリーがすごい!2013海外編このミステリーがすごい!2013海外編週刊文春海外ミステリーベストテン海外部門第1位

 八歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くこと、そしてどんな錠も開くことが出来る才能だ。孤独な彼は錠前を友に成長する。やがて高校生となったある日、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師に……非情な犯罪の世界に生きる少年の光と影を描き、MWA賞最優秀長篇賞、CWA賞スティール・ダガー賞など世界のミステリ賞を獲得した話題作

 

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 極上の翻訳ミステリにして青春浪漫小説。ハードボイルドの秀作です。 主人公マイクルとその恋人アメリア、若い二人のやりとりに胸がキュンキュンします。初々しい。ハードボイルドでありながらピュアな恋愛小説にもなっています。一部を引いてみます。

 

「これ・・・ ・・・ わたしね」

 アメリアは懐中電灯を動かしてページ全体を照らした。ぼくのなかのどこかから生まれたその絵を。

 人魚。顔はアメリアのものだ。水中で、髪がひろがって流れにたゆたっている。慎み深く片腕で胸を覆い、尾は長いUの字を描いて曲がっている。

 ぼくは目を閉じた。童画めいていながら同時に艶っぽい絵を描くという難題をどうにかこなせたと思う。これまで描いたどれよりも風変わりな絵だ。

「なんて言ったらいいのかわからない」

 気に入らないんだろうか。すぐに出て行けと?

「きれい」アメリアは言った。「とってもすてき。どうして知ってるの?」

 ぼくは目をあけた。

「わたしがずっと人魚になりたいと思っていたことを、なぜ知ってるの?」

 アメリアは視線を上げてぼくを見た。懐中電灯が顔の半分に濃い影を作っている。

「ほんとうにこんなるうに見えてる? 私のことを考えてるときに」

 ぼくはうなずいた。ほんの少しだけ。そして、アメリアの口を見つめた。

「キスしたいなら、いつでも―――」

                   (P297~298抜粋)

 

  

 秀逸なのが物語の語り口です。高校生のマイクルが何故解錠師になったのかと、実際にプロの解錠師として犯罪に手を染めていく過程が、カットバックの手法で交互に語られていく。はじめに読者に三つの謎「8歳のマイクルに起こったのはどんな事件だったのか?」「マイクルは何故解錠師になったのか?」「マイクルは何故犯罪に手を染めどのように逮捕されたのか」を抱かせる。それらの謎が交互に語られる物語の中で少しずつ証されていく緊張感がたまらない。
 本書の一番の魅力はなんといっても主人公のキャラクターです。ハードボイルド小説の主人公として諦念を持ちつつも、心はピュアで繊細、とびっきりの優しさもある。いわゆる強面タイプではない。ドン・ウィンズロウの探偵小説の主人公ニール・ケアリーと同じく残酷とも言える生い立ちに深い傷を心に抱えた主人公に、犯罪者でありながら読者は心から応援するのは主人公が障碍を背負って生きているからだけではない。その主人公をけっして感傷的に過ぎず、美化しすぎることもなく語る作者の筆力は見事としか言いようがない。原文を読んでいるわけではないので、そのあたりは訳者の力に負うところもあるのだろう。
 間違いなくハードボイルドの傑作です。著者スティーヴ・ハミルトンの作品は過去に一冊『氷の闇を越えて』を読んだことがある。もう20年ちかく前のことになる。もう一度読みたくなって本棚から取り出した。再読とはいえワクワクする。