佐々陽太朗の日記

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『室町無頼 上・下』(垣根涼介・著/新潮文庫)

『室町無頼 上・下』(垣根涼介・著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

応仁の乱前夜。天涯孤独の少年、才蔵は骨皮道賢に見込まれる。道賢はならず者の頭目でありながら、幕府から市中警護役を任される素性の知れぬ男。やがて才蔵は、蓮田兵衛に預けられる。兵衛もまた、百姓の信頼を集め、秩序に縛られず生きる浮浪の徒。二人から世を教えられ、凄絶な棒術修業の果て、才蔵は生きる力を身に着けていく。史実を鮮やかに跳躍させ混沌の時代を描き切る、記念碑的歴史小説。(上巻)

唐崎の古老のもと、過酷な鍛錬を積んだ才蔵は、圧倒的な棒術で荒くれ者らを次々倒す兵法者になる。一方、民たちを束ね一揆を謀る兵衛は、敵対する立場となる幕府側の道賢に密約を持ちかける。かつて道賢を愛し、今は兵衛の情婦である遊女の芳王子は、二人の行く末を案じていた。そして、ついに蜂起の日はやってきた。時代を向こうに回した無頼たちの運命に胸が熱くなる、大胆不敵な歴史巨編。(下巻)

 

室町無頼(上) (新潮文庫)

室町無頼(上) (新潮文庫)

 

 

 

室町無頼(下) (新潮文庫)

室町無頼(下) (新潮文庫)

 

 

「無頼」とは何か。今、PCで文書入力中のかな漢字変換システムの辞書では「正業につかず、無法な行いをする者」とある。所謂「ごろつき」ということか。本書の登場人物たちにそれはあたらない。もっと品格があり、己に対する規範を持っている。ではもう少し格好良く「伝統的な価値観や規制を無視するニヒリズム」ととらえるか。それも少々ちがう。そのような弱いものではない。主人公・才蔵に虚無的態度は無いし、主要な登場人物である骨皮道賢(日本史上初の傭兵部隊を作り、幕閣に食い込んだ出自不明の男)、蓮田兵衛(牢人社会の顔役で、一揆の首謀者として初めて史実に名を残した男)の二人は傑物である。無頼派と称される太宰治のような弱さとはおよそ無縁の人物なのだ。
 物語の舞台となった室町中期は、貨幣経済が発達し、金融業でみるみる富を増やす富裕層が増えていた。一方、飢饉で食いつめ、高利の借金で年貢を払う農民の生活は困窮を極めていた。経済構造の変化が格差を広げ、それに幕府が何の手も打たない状況の中で、やむなく体制秩序の枠を外れ、法も掟も無視して、何にも頼らずに自力で道を切り開いていく野武士的な生き方が本書の「無頼」である。無頼の力が世の不条理に抗い、閉塞的な権力構造を揺さぶっていく様は痛快である。
 本作は第156回直木賞の候補に挙がった。恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』が賞に輝いた回である。その選考に異議はない。しかし、選者の中にもっと土一揆に立ち上がった民衆視点での社会問題に焦点を当てた方が良かったかのような評価があったのは残念である。そうした小説も良いが、本作で垣根氏が書きたかったのは、救いようのない時代にあって「無頼」の気骨で時代の流れに抗った痛快さであっただろう。暗黒面を描く社会小説ではなく痛快無比剣豪小説で良いではないか。本書『室町無頼』が『蜜蜂と遠雷』と並んで直木賞を同時受賞であっても良かったのではないかと思うのは私だけではないだろう。