佐々陽太朗の日記

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YouTubeで落語 Vol.58『かんしゃく』

『新版 落語手帖』(矢野誠一・著/講談社)に紹介された274席のうちの58席目は『かんしゃく』。10代目柳家小三治で聴きます。

 

新版・落語手帖

新版・落語手帖

 

 


10代目柳家小三冶『かんしゃく』-rakugo-

 

 いまどき三従の教え「いまだ嫁せずして父に従い,すでに嫁して夫に従い,夫死して子に従う」などといえば、なんと封建的で旧弊非常識な考えをと叱責されること必定ですが、このお話は女性の心がけで家が治まるというもの。明治の終わりから大正のはじめごろを舞台にしています。まだ自動車が大変珍しかったころの大実業家が主人公。三井財閥の一族で実業家・劇作家の益田太郎冠者が初代三遊亭圓左のために書き下ろした作品だそうです。古典と言うには些か抵抗がある時代背景ですが、かといって新作といっては全く違和感がある。もはやこれは古典の域に入ったものといって良いでしょう。

 大変良くできた噺です。旦那のあまりのかんしゃくぶりにとうとう実家に帰ってきた娘を諭す父親の心情を考えると涙がでそうになります。かわいい娘が嫁ぎ先で苦労をしている。それをかわいそうだと思わない父ではない。しかしここが辛抱のしどころだと思って自分の心の奥に「かわいそうに」という言葉を封じ込めます。そして娘を諭す父親に向かって少しだけ娘の肩を持つ母の心遣いも見事です。母親とてけっして浅はかに口を挟んだわけではないでしょう。少しは娘の言い分もわかってやらねば娘の一分が立たないという配慮であったでしょう。口を挟んだ母親に対して父親は「おまえは黙ってなさい」と叱りつける場面。今度は父と母の仲を気遣う娘の様子がうかがい知れます。そのあたりもなんとも味わい深い。しかし父と母はそれぐらいのことは何でもない。そんなことで二人の信頼関係は揺るがない、心配しなくてイイよと娘に伝え、付き添いをつけてやるからすぐに帰りなさいという父親の心情。これが泣けずにいられますか。

 再び婚家に戻った娘は父のアドバイスどおり使用人をうまく使って完璧に家の中を治めます。かんしゃく持ちで怒鳴り散らしていた主はいつものようにまわりを叱責しようとしますが文句の付けようがない。「これでは俺が怒ることができんではないか!」と怒るというオチ。滑稽噺に仕上がっていますが味わえば味わうほど泣けてくる噺。そして二人合わさって完全となる夫婦の形、それを為すのは実は女性の力なのだということを見事に描ききった作品です。益田太郎冠者という人の脚本家としての力のほどがうかがえます。

 

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