佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『貝がらと海の音』(庄野潤三・著/新潮文庫)

『貝がらと海の音』(庄野潤三・著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

郊外に居を構え、孫の成長を喜び、子供達一家と共に四季折々の暦を楽しむ。友人の娘が出演する芝居に出かけ、買い物帰りの隣人に声をかける―。家族がはらむ脆さ、危うさを見据えることから文学の世界に入った著者は、一家の暖かな日々の移りゆく情景を描くことを生涯の仕事と思い定め、金婚式を迎える夫婦の暮らしを日録風に、平易に綴っていく。しみじみとした共感を呼ぶ長編。

 

貝がらと海の音 (新潮文庫)

貝がらと海の音 (新潮文庫)

 

 

 ひと言でいうと満ち足りた老後が私小説的に書かれた小説である。ここには幸せのかたちがある。それは普遍的な幸せではないかもしれない。でも私がそうありたいと願う幸せな老後そのものだ。何もかもがそろっているというのでははい。贅沢をしているというのでもない。老いに伴うちょっとしたイヤなこともある。たとえばものを落としそうになってもとっさに反応できない。お茶をこぼしてしまうこともある。そうした老いを受け入れて、今ある現状を、毎日を肯定する。歳をとれば誰もが自然にそのような境地になれるわけではない。おそらく庄野氏がそうあるために積み重ねてきたものの結果だろう。

 今、手元には『山の上の家』という本がある。「山の上の家」とは庄野氏夫妻が住んでいらっしゃった家である。子どもが大きくなり、結婚して、家に夫婦が二人きり残されたあともずっと住まわれた家である。息子さん達夫婦、娘さん夫婦、そしてそれぞれの家の孫たちがしばしば訪ねてこられ、お茶を飲み、「かきまぜ」(ゆず酢を使った五目ちらし寿司)を食べる。奥様がピアノを弾き、潤三氏がハーモニカを吹く。そうした家族の交流を重ねられた家である。秋分の日にはそのお家が一般に公開されるという。庄野氏を忍んで見学させていただこうと考えている。庄野氏は本当に良いお歳の取り方をされた。お手本にしたい。

 

山の上の家―庄野潤三の本

山の上の家―庄野潤三の本