佐々陽太朗の日記

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『山の音』(川端康成・著/新潮文庫)

 『山の音』(川端康成・著/新潮文庫)を読みました。まずは出版社の紹介文を引きます。

家族という悲しい幻想。夫と妻、親と子、姉と弟、舅と嫁。
日本独特の隠微な関係性を暴いた、戦後文学の傑作。


深夜ふと響いてくる山の音を死の予告と恐れながら、信吾の胸には昔あこがれた人の美しいイメージが消えない。息子の嫁の可憐な姿に若々しい恋心をゆさぶられるという老人のくすんだ心境を地模様として、老妻、息子、嫁、出戻りの娘たちの心理的葛藤を影に、日本の家の名状しがたい悲しさが、感情の微細なひだに至るまで巧みに描き出されている。戦後文学の最高峰に位する名作である。

本書「解説」より
この作品の中に具体的に描かれた「日本古来の悲しみ」は、日本の中流の家庭の、一種名伏しがたい暗い雰囲気だと思う。古くから持ち伝えた日本の「家」のなかの悲しさが、家族の感情の微細なひだに到るまで隈なく捕えながら、揮然と描き出されているのだ。(略)
日本の「家」を、そのあらゆるデテールにおいて、冷静に描き出したこの作品は、一方において、日本的感性の極致とも言うべきものだが、他方において、そこに作者のきわめて批判的な、知的な眼が働いていることを、認めないわけには行かないのである。
――山本健吉(文芸評論家)

 

 

山の音 (新潮文庫)

山の音 (新潮文庫)

 

 

 

 ひと言で云えばこの世は無常、人生とははかないものだということか。主人公信吾の老いと死の予感、若き頃あこがれていた妻保子の姉の死、友の死、菊子の堕胎、戦地における息子修一の周りにある死、戦争未亡人である修一の不倫相手とその同居人の夫の死と、物語全体を死がおおっている。信吾は人生が思いどおりにならないことを諦観する心境にまでは至らない。かといって、自らの思いを遂げるべく能動的に動くこともしない。そのことは信吾が内心愛している息子の妻、菊子についても同じである。但し自分の考えが無いというのではない。信吾の子を堕ろす行為が菊子の揺るぎない心を顕している。世を無常であると知り、それを受け入れるかたちで世の中で、家で生きようとする姿は無常という苦を克服しようとするよりむしろ受け入れようとする態度であり極めて日本的で、そこに高度な精神性を感じる。この作品の値打ちもそこにあると思える。海外での評価が高いのもそれ故であろう。