佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

2019年に読んだ本(7月~12月)

 昨年後半の読書記録。

 

深川駕籠 (祥伝社文庫)深川駕籠 (祥伝社文庫)感想
男、それもひとかどの男であることは難しい。彼の漱石も言っている。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。意地、見栄、いやそんなものじゃない。己の胸に手を当てて納得できるかどうか、誰に対しても胸を張れるか、それを己に矜持にかけて問うて一点の曇りもない。窮屈だがそんな男がカッコイイ。
読了日:07月17日 著者:山本 一力


双風神 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)双風神 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)感想
いよっ! 待ってました! 早速読みましてございます。  源吾が風読み・加持星十郎と魁・武蔵を伴い上方へ向かうという成り行きから、当然いよいよ星十郞が暦法論争で憎き土御門をぎゃふんと言わせ、武蔵と水穂の仲が進展するのだろうと想像したがさにあらず。大坂の火消とともに“緋鼬”に立ち向かうというストーリーであった。肩透かしを食らったかたちだが、なんの、楽しみは先にとっておこう。それにしても舞台が江戸を離れると深雪殿の出番が減ってしまう。それがさみしいと感じてしまうのは私だけではないだろう。次作に期待が高まる。
読了日:07月20日 著者:今村翔吾


お神酒徳利 (深川駕篭) (祥伝社文庫)お神酒徳利 (深川駕篭) (祥伝社文庫)感想
お神酒徳利とは「酒を入れて神前に供える一対の徳利」のこと。作中で尚平と相思相愛の仲にあるおゆきが尚平と新太郎のことを例えていう場面がある。尚平とおゆきはお互いの思いはどんどん強まるが現実面で二人の仲は遅々として進まない。それが読者としてじれったくもあるが、そうであってこそ尚平と新太郎というコンビがおそらくは唯一無二のものであることを物語る。本作で光ったのは芳三郎の肝の太さ。どうやら山本一力氏は肝の太さが男の値打ちを図るもの差しであると考えていらっしゃるのではないか。そのことに異論は無い。
読了日:07月24日 著者:山本 一力


花明かり 深川駕籠 (祥伝社文庫)花明かり 深川駕籠 (祥伝社文庫)感想
単行本は2011年に上梓された。続編の出版を探したが無い。一力先生、酷うございます。これまでの二巻で新太郎とさくらの間に明らかに恋愛フラグがたっていたはずじゃないですか。今巻で花椿の女将・そめ乃に恋煩いした。そういうこともあるだろう。しかしこれを切りに続編が無いとなると話は別だ。今巻の結末で新太郎はそめ乃への想い一応のけりを付けたかのように読める。ではやはりさくらと結ばれるのか。あるいは幼なじみのひとみとという展開が。一力先生、伏線が回収されないままです。どうあっても続編を書いていただくしか無いでしょう。
読了日:07月25日 著者:山本 一力


小説 天気の子 (角川文庫)小説 天気の子 (角川文庫)感想
ひと言でいうと「一途」。ただ会いたいという気持ちだけで突っ走る。そんな感覚は遠い昔に忘れてしまっていた。「そう強く願う。そう信じる。そのはずだと思い込む。世界はちゃんと、そうやってできているはずだ。強く望めば、きちんとその通りになるはずだ。そう思う。そう願う。そう祈る」という一節が印象的だ。映画はヒットするだろう。映画を観てこの小説を読むともう一度熱い想いがこみ上げるだろう。でも私は映画を観ずに小説を読んだ。ディスる気はないが小説のみでは新海氏の世界を脳内変換しづらい。それでも描かれた世界に胸を熱くした。
読了日:07月26日 著者:新海 誠


これは経費で落ちません! 6 ~ 経理部の森若さん ~ (集英社オレンジ文庫)これは経費で落ちません! 6 ~ 経理部の森若さん ~ (集英社オレンジ文庫)感想
発売と同時に購入。新刊を心待ちにしている自分がいる。私はすっかり沙名子さんを好きになっている。そんな沙名子さんが自分の生活スタイルを大切にしつつも、微妙に太陽にペースを乱されるところを見ると軽く嫉妬を覚える。と同時に常に冷静さを保ちつつも、太陽のこととなると心にさざ波が立つところがかわいくもある。TVドラマ化された由。森若沙名子←多部未華子、山田太陽←重岡大毅か・・・うーんイメージが違うように感じるのは私だけか。
読了日:07月31日 著者:青木 祐子


リーチ先生 (集英社文庫)リーチ先生 (集英社文庫)感想
沖亀之助とその子・高市は実在の人物では無く、著者が物語の中で作り上げた人物のようである。第三者たる亀之助の目を通じることによって、リーチと柳宗悦武者小路実篤白樺派の若者、のちに陶芸家として偉大な足跡を残す富本憲吉、濱田庄司河井寛次郎らとの交流を読者は目の当たりにするように知ることができる。しかし亀之助のリーチ崇拝ぶりが極端すぎて鼻白む場面もある。しかしそれも陶芸家として成功を収めた息子・高市がすでに九十歳になるリーチに会うためにリーチ・ポタリーを訪れるという美しいエピローグに救われている。
読了日:08月03日 著者:原田 マハ


鴨川食堂まんぷく (小学館文庫)鴨川食堂まんぷく (小学館文庫)感想
6話それぞれに味があるが、第5話「カツ弁」が特に味わい深い。昨今の「情熱こそすべて」とする恋愛礼賛主義にさりげなく異を唱え、人を思いやる心こそが至上であるとしたところがよい。「夫子の道は忠恕のみ」日本男児大和撫子はもう一度節度を取り戻さねばならぬと私も思う。余談であるが、食堂で供される酒にも注目したい。福井「紗利」、姫路「八重垣」、新潟「鶴齢」、京都「蒼空」と日本酒のセレクトが素晴らしい。日本酒だけではない。沖縄の泡盛「瑞泉」、マンズワインの「リュナリス」「ソラリス」と食にあわせて供される酒は本物だ。
読了日:08月07日 著者:柏井 壽


カール・エビス教授のあやかし京都見聞録 (小学館文庫)カール・エビス教授のあやかし京都見聞録 (小学館文庫)感想
京都には連綿とした人の営みによる歴史の屍が累々と積み重なっている。現代にあってもそこかしこに古さの残る京の街には、ちょっとしたきっかけで怪しい世界に足を踏み入れてしまいそうな危うさがある。現実世界と隣りあわせにもののけの住む異相世界があり、ふと何かの弾みに人が迷い込んでしまうような怖さがある。蘆屋道満安倍晴明陰陽師伝説(葛の葉)、横笛伝説、おかめ伝説、小野小町を慕った深草少将の悲恋伝説、現代を歩きながらその昔に思いをはせる愉しみは京都ならではのものだろう。そこかしこにちりばめられたグルメ情報も楽しい。
読了日:08月10日 著者:柏井 壽


夜空の呪いに色はない (新潮文庫nex)夜空の呪いに色はない (新潮文庫nex)感想
この物語に登場する人物は皆、純粋である。しかも若くても大人になると言うこと、失うと言うことがどういうことか知っている。たとえ十分な経験がなくとも、世界が完璧でないことを知っている。どうすれば良いか解らないからといって虚無的な態度に逃げるような浅はかなバカでもない。あくまでひねくれたりひがんだりすることなく知的で、物事を真正面からとらえている。おそらく自分の一部を捨てるという否定から始まった物語は登場人物がその物語を否定することによって肯定に変わる。この物語は悲劇では終わらない気がする。次作完結編に進む。
読了日:08月10日 著者:河野 裕


きみの世界に、青が鳴る (新潮文庫nex)きみの世界に、青が鳴る (新潮文庫nex)感想
もし成長の過程で捨てた自分の一部を別の世界で生きつづけさせることができたら。この物語はそうしたことをモチーフとして書かれたのだろう。憐憫かもしれない。感傷的に過ぎるかもしれない。しかし若さとはそういうものだろう。変わりたくない自分がいる。捨てたくない夢がある。最終的に選ばなかったものの、あのときそうしていればという選択がある。還暦近くなった私でも、そうした若さを思うとき涙を流しそうになる。それは自分の心の中の奥底に閉じ込めているやわらかく傷つきやすい部分だ。本シリーズで若かった頃の心緒に触れた気がする。
読了日:08月22日 著者:河野 裕


風のかなたのひみつ島 (新潮文庫)風のかなたのひみつ島 (新潮文庫)感想
壱岐島に旅行したときにバッグに詰めて携行した本。島に行くときこれほど携行するにふさわしい本もあるまい。東ケト会のころに比べると歳を重ねた落ち着きを感じるものの、シーナさんの島に対する偏愛ぶりは健在である。答志島、網地島、粟島、池間島加唐島怒和島奄美大島加計呂麻島・・・未だ行ったことのない島ばかりである。いずれ自転車旅のコースに入れて訪れるとしよう。自転車と本とカメラ。それらを携えて島に渡り、島の魚と冷たく冷えたビールがあれば島は天国だ。
読了日:08月23日 著者:椎名 誠


週刊 「 司馬遼太郎 街道をゆく 」 17号 5/22号 壱岐・対馬の道 [雑誌] (朝日ビジュアルシリーズ)週刊 「 司馬遼太郎 街道をゆく 」 17号 5/22号 壱岐・対馬の道 [雑誌] (朝日ビジュアルシリーズ)感想
壱岐島クルーズに出かける際、本棚から抜き出して持っていった。島に息づく歴史、島の風土、司馬遼太郎の時空を超えた旅がビジュアルに蘇る。同じく玄界灘に浮かぶ島であっても、壱岐人が農耕と対馬人が漁村と気質が違い、お互いに反目していることが興味深かった。実際に壱岐島で赤雲丹丼を食べているときに壱岐の人と話してみてそれを確認して笑ってしまった。また現在の壱岐の人は長崎県人でありながら、長崎に行くことはまれで、福岡の文化圏であると聴いて興味深かった。旅をするとき、その地の巻を持っていくと旅に興を添えることができる。
読了日:08月29日 著者: 


貝がらと海の音 (新潮文庫)貝がらと海の音 (新潮文庫)感想
ひと言でいうと満ち足りた老後。ここには幸せのかたちがある。それは普遍的な幸せではないかもしれない。でも私がそうありたいと願う幸せそのものだ。何もかもがそろっているというのでははい。贅沢をしているのでもない。老いに伴うちょっとしたイヤなこともある。たとえばものを落としそうになってもとっさに反応できない。お茶をこぼしてしまうこともある。そうした老いを受け入れて、今ある現状を、毎日を肯定する。歳をとれば誰もが自然にそのような境地になれるわけではない。おそらくそうあるために積み重ねてこられたものの結果だろう。
読了日:08月31日 著者:庄野 潤三


酒呑みに与ふる書酒呑みに与ふる書感想
五月に京都で書店めぐりをしたときに買った一冊。上京区俵屋町の「誠光社」であった。装丁はあまり好きではない。表紙にごちゃごちゃと活字が踊っているしその書体も陳腐だ。美しくないのである。しかし、このアンソロジーに収められている作品の作者を見るや、これほどの豪華作家陣を目にして買わずにはいられないではないか。
読了日:08月31日 著者:マラルメ,村上春樹,川上未映子,角田光代,小池真理子,いしいしんじ,田村隆一,木山捷平,中島らも,谷崎潤一郎,森澄雄,岡田育,安西水丸,草野心平,菊地信義,夏目漱石,室生犀星,菊地成孔,藤子不二雄A,内田樹,鷲田清一,ボードレール,堀口大學,江戸川乱歩,佐藤春夫,井伏鱒二,吉行淳之介,開高健,伊集院静,北方謙三,松浦寿輝,古井由吉,島田雅彦,吉井勇,大伴旅人,折口信夫(訳),松尾芭蕉,佐伯一麦,福田和也,水上瀧太郎,吉田健一,丸谷才一,中村稔,大岡信,筒井康隆,ヴァレリー


男のチャーハン道 日経プレミアシリーズ男のチャーハン道 日経プレミアシリーズ感想
パラパラでおいしいチャーハンを作るための実験と検証の繰り返し。その過程を丁寧に綴ったレシピ。チャーハン一品の作り方を237ページで解説した世界一長いチャーハン・レシピである。なにもチャーハンはパラパラでなければいけないわけではない。私はラードを使った濃厚味ベタベタチャーハンも好きである。しかし、ごはんに卵をまとわせながら大振りの中華鍋を煽りぱらぱらになるまで炒めるスピード技はやはりあこがれ。だが、なんと鍋を煽ることに意味はないと意外な結論。そうではあっても私は鍋を煽って作りたい。パフォーマンスも一興です。
読了日:09月03日 著者:土屋 敦


波のむこうのかくれ島 (新潮文庫)波のむこうのかくれ島 (新潮文庫)感想
島はイイ。山間部生まれの私には海に対する憧れがある。海は広いな大きいな。月がのぼるし日が沈むのだ。魚もうまいのだ。それが島となれば独立した一箇の主体性を感じるのだ。小さな島の持つ主体性。小さくともキチンと自分を主張しているところがイイ。時間の過ぎ方も島では違う気がする。そんなところがイイ。すごくイイ。印象的なのは写真の「青」。青は私の一等好きな色である。カバー写真の白砂の海岸にある白い物見台に据えられた白い椅子で日光を浴びているシーナさんの写真がすべてを物語っているではないか。
読了日:09月05日 著者:椎名 誠


上流階級 富久丸百貨店外商部 (小学館文庫)上流階級 富久丸百貨店外商部 (小学館文庫)感想
上流階級、誰もがなりたいと憧れる階級である。一部のひねくれ者を除いて。今や死語だろうが、プチブルなどといった中途半端なブルジョアではなく、正真正銘のハイソサイエティに属する人々。日本は外国ほど格差が激しくないし、敗戦によってリセットされたこともあってさほど目立たないが、そのような上流階級が確かにいる。むしろあからさまに上流階級であることをひけらかさないところが上流階級たる所以かもしれない。上流階級と話すときに褒められたことを真に受けてはならない。もしや当てこすりではないかと疑わねばならないとは怖いことだ。
読了日:09月10日 著者:高殿 円


上流階級 富久丸百貨店外商部 (2) (小学館文庫)上流階級 富久丸百貨店外商部 (2) (小学館文庫)感想
其の一を読んで、その面白さにびっくり。 早速、其の二を購入。一気読み。読んでいて改めて感じたのは一日二四時間一年三五六日という時間だけは貧富の差なく与えられるもの。富める人は時間を外商という道具を使って金で買うのだということ。後半のヤクザとの駆け引き、四季子夫人とのやりとり、どちらも緊迫した場面ながら腹の据わった静緒の対応が小気味よい。どうやら高殿円氏は鉱脈を探り当てたらしい。二巻で終わるのはもったいない。続編希望。
読了日:09月20日 著者:高殿 円


山の上の家―庄野潤三の本山の上の家―庄野潤三の本感想
「山の上の家」が舞台となった庄野氏の晩年の作品において、充たされた「いま」の表現は切ない。ほほえましいが切ないのだ。取るに足りない日常がいかにかけがえのないものであることか。人が生きるのであるから辛いこと、悲しいこともあったに違いない。しかし庄野氏はその中に良きものだけを見ようとした。嬉しかった。楽しかった。おいしかった。キレイだった。そこには伴侶の、あるいは子どもたち、孫たち、さらにはご近所さん、友人の幸せを切ないほどに希求した姿がある。今日は2019年のお彼岸。「山の上の家」が一般公開される日である。
読了日:09月23日 著者:庄野 潤三


遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)感想
ラストシーンでの悦子とニキの会話に港に行った日のことが語られる。「あの時は景子も幸せだったのよ」と。確かに物語の中盤にフェリーで稲佐へ渡ったシーンがあるが、その時は景子は未だ悦子のお腹の中だったはずとどんでん返しに気づく。ということは想い出として語られる佐知子と万里子親子は悦子の作り話で実は自分たちのことなのか。あるいは悦子は狂いかけているのか。なんだか落ち着かない不穏な余韻を残す小説。ブンガク的価値はあるのかもしれないが、私の好みではない。以前に読んだ『日の名残り』は好きなのだが・・・
読了日:09月30日 著者:カズオ イシグロ


東京會舘とわたし 上 旧館 (文春文庫)東京會舘とわたし 上 旧館 (文春文庫)感想
まるでタイムスリップして東京會舘に足を踏み入れたかのような錯覚に陥る。「灯火管制の下で」が良い。「しあわせな味の記憶」も。「ガトー」「ガトーアナナ」「プティフール」「パピヨン」どの菓子も食べてみたい。とりあえず東京會舘のオンラインショップで「プティフール」を買ってしまった。(^^ゞ
読了日:10月04日 著者:辻村 深月


東京會舘とわたし 下 新館 (文春文庫)東京會舘とわたし 下 新館 (文春文庫)感想
大正から令和まで、會舘の時間はゆっくりと今日も歴史を刻む。それはそこに働く人たち、訪れた人たち一人ひとりの思い出の積み重なりだ。會舘に縁のあった人たちのエピソードがささやかな伝説として語られる。その人たちに対する深い敬意とともに。いかなる時代、状況下にあっても、真心はある。それは明日をあきらめず信じる人だけが持てる心かもしれない。章を重ねるごとに會舘への愛着が増し感動が深まっていく。少しずつ高まっていた感情がピークに達し涙腺が決壊した。「金環のお祝い」で一度、「煉瓦の壁を背に」でさらにもう一度。
読了日:10月08日 著者:辻村 深月


いちばんやさしいRPAの教本 人気講師が教える現場のための業務自動化ノウハウ (「いちばんやさしい教本」シリーズ)いちばんやさしいRPAの教本 人気講師が教える現場のための業務自動化ノウハウ (「いちばんやさしい教本」シリーズ)感想
RPAとは、デジタル労働者を雇うようなもの。ただし、その労働者は自分で気を利かすような臨機の判断が出来ないので、あらかじめすべてを細大漏らさず指示してやる必要がある。そのように融通は利かないが、指示さえ的確であれば、正確さとスピード、勤勉さにおいて極めて優秀な働き手となる。何でもしてくれるわけではない。どんな業務に向いているか、あるいは不向きかを見極めることがポイント。「RPA」導入に必要なことは「業務の洗い出し」「見える化」「標準化(誰がやっても出来る)」→つまりは業務の効率化そのもの
読了日:10月11日 著者:進藤圭


山の音 (新潮文庫)山の音 (新潮文庫)感想
ひと言で云えばこの世は無常ということか。信吾の老いと死の予感、保子の姉や友の死、菊子の堕胎、戦争と戦争未亡人、物語全体を死がおおっている。信吾は人生が思いどおりにならないことを諦観する心境にまでは至らない。かといって、自らの思いを遂げるべく能動的に動くこともしない。そのことは信吾が内心愛している息子の妻、菊子も同じである。世を無常であると知り、それを受け入れるかたちで生きようとする姿は無常という苦を克服しようとするよりむしろ受け入れようとする態度であり極めて日本的で、そこに高度な精神性を感じる。
読了日:10月25日 著者:川端 康成


ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)感想
この小説は日本人には書けない。むしろ書けないことを喜ぶべきだろう。金が人の心を支配し、金を巡る猜疑心は信頼の絆を裁ち切る。金が人を屠り、恐怖をあやつり誇りは地にまみれる。人を思うやさしい心など道ばたに咲く花の如くいとも簡単に踏みにじられる。果てしなく増幅し続ける憎しみと復讐の連鎖は制御不能なのか。これはもはや麻薬を作る者、売る者、買う者、取り締まる者だけの物語では無い。人は金のためにどれだけ良心から目を背け続けることが出来るのか。果たして読者はこれをフィクションだと傍観者をきめこむことができるだろうか。
読了日:10月31日 著者:ドン ウィンズロウ


犬の力 上 (角川文庫)犬の力 上 (角川文庫)感想
読み出したらもう停まらない。これは本当にフィクションなのか? アメリカと中南米にわたる麻薬戦争。この本の臨場感といったらどうだ。現実にもこんなことはあるんじゃないか? 実在の人物や事件をベースに書いたのかと思うほど物語がリアルに迫ってくる。主人公アート・ケラーの魅力もさることながら、麻薬カルテルの面々の人物像が異彩を放つ。娼婦のノーラ、アイルランド系の若者カランとその妻シヴォーンと魅力的な脇役が哀しみを添える。ケラーが正義のために為したことが殺しと復讐の連鎖を生む。罪の意識こそがケラーの背負う十字架だ。
読了日:11月13日 著者:ドン・ウィンズロウ


犬の力 下 (角川文庫)犬の力 下 (角川文庫)感想
上巻574P、下巻467Pの量感、物語の始まりから最後まで息をつかせない疾走感、すごいというしかない。「このミステリーがすごい! 2010年版 海外編」(宝島社)で第一位に輝いたのも肯けようというもの。読み出したらもう停まらない。これは本当にフィクションなのか? 実在の人物や事件をベースに書いたのかと思うほど物語がリアルに迫ってくる。ケラーが正義のために為したことが殺しと復讐の連鎖を生む。赤ん坊が母親の腕の中で死んでいる姿、母が上に子が下に、その姿を常に思い起こす罪の意識こそがケラーの背負う十字架だ。
読了日:11月17日 著者:ドン・ウィンズロウ


夜行 (小学館文庫)夜行 (小学館文庫)感想
まことに怖い小説です。何か得体の知れない世界に潜り込んでいくような感覚が読者を落ち着かない気分にさせます。登場人物それぞれが語る物語、「尾道」「奥飛騨」「津軽」「天竜峡」「鞍馬」がバラバラのようで繋がっているように感じる。まさに夜はどこにでも通じているのだ。そして夜行とパラレルの状態で曙光がある。いや、パラレルの状態というよりは対極として曙光がある。いやいや、そうではなく夜行の末に曙光があるのかも知れない。そう考えるとこの不気味な物語にも救いと希望がある。
読了日:11月20日 著者:森見 登美彦


モップの精は旅に出る (実業之日本社文庫)モップの精は旅に出る (実業之日本社文庫)感想
「この本はキリコちゃんシリーズの五作目になり、そして最後の本になる」 近藤史恵さんは本書の「あとがき」の書き出しにこう書かれた。それによると近藤さんがキリコを主人公とした短編を書き始められたのは1997年だとか。私がキリコちゃんシリーズを読み始めたのが2014年8月のことでシリーズ第一弾から第四弾まで一気に読んだ。そしてとうとう本作が最後。完結ではない。しかし最後であるからにはこの後新作に出会うことはなくなったわけだ。少し寂しい気がする。しかし近藤さんの他の作品を読むことはできる。それで良いではないか。
読了日:11月20日 著者:近藤 史恵


赤めだか赤めだか感想
8年前の今日、談志は逝った。今月の四金会(毎月第四金曜日の読書会)の課題本に私はこの本を推薦した。立川流一門の弟子たちがいかにして談志(イエモト)に育てられたか。いかに談志(イエモト)に心酔していたか。本書を読むとそうしたことがひしひしと感じられる。「修行とは矛盾に堪えることである」「落語とは人間の業の肯定である」「嫉妬とは己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為」談志(イエモト)の言葉がまざまざと蘇り、この時代にあってさらに輝きを増す。
読了日:11月21日 著者:立川 談春


黄金雛 羽州ぼろ鳶組 零 (祥伝社文庫)黄金雛 羽州ぼろ鳶組 零 (祥伝社文庫)感想
火喰鳥こと松永源吾と深雪との出会いの話をいつか詳しく読みたいと思っていた。今巻で読むことができたいへん嬉しい限りである。本作で考えさせられたのは「男の値打ち」 火消しは江戸の華。鯔背な姿は人々の憧れだ。命がけの仕事に配下の者を率いるとなれば見栄を張ることも大事だろう。しかしその男がホンモノかどうかは度量のあるなしだろう。本当に大切なものは何か、ものの道理はどうか、己が力の限界、そうしたことをわきまえて一番良い結果を得るために敢えて見栄を捨てて行動する。松永重内は男だぜ。
読了日:11月29日 著者:今村翔吾


ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集 (小学館文庫)ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集 (小学館文庫)感想
伊坂幸太郎氏、辻村深月氏との対談が加わっている。豪華なおまけである。装画がカメントツ氏になり番外編として登美彦氏インタビューが「カメントツの漫画ならず道」として漫画になっている。これにより登美彦氏が腐れ大学生を続け切らなかった理由が明らかになった。それは「逃げ」ではないかというカメントツ氏のスルドイ指摘に対し、登美彦氏は曰う。「読者が不幸になっても幸せになりたい・・・」と。本音を言えば私も腐れ大学生ものを書いて欲しかった。しかしおまけに免じて登美彦氏には「死んでも腐れ大学生ものを書け!」とはいわずにおく。
読了日:11月30日 著者:森見 登美彦


ストラスブール美術館展(図録)ストラスブール美術館展(図録)感想
2019/11/11、姫路市立美術館での展覧会開会式に出席し観覧。クロード・モネの「ひなげしの咲く麦畑」はぼかしたような柔らかい光と色は観る者のこころを癒やしてくれる。はポール・シニャックの「アンティーブ、夕暮れ」は観たかった作品。青色とバラ色、黄色、オレンジの点描による港の風景。一日の終わりの柔らかい光がほんとうに美しい。そして、最も強く惹きつけられたのはマリー・ローランサンの「マリー・ドルモワの肖像」でした。アーモンド型のブルーの瞳に完全に魅せられました。なんと美しい女性であることか・・あぁ・・・
読了日:11月30日 著者: 


雪国 (新潮文庫)雪国 (新潮文庫)感想
島村が私から見ればいけ好かないヤツです。しかし川端の文章が美しく抒情的で、物語がゲスに流れずに済んでいる。島村は、田舎芸者の駒子との関係が終わりに近いことを感じながら、その潮時をはかりつつ別れかねて逗留を続けている。駒子とのことに正面から向き合おうとせず、結局どちらにも踏み出さないずるさと非情さを持つ。それに対し駒子は純粋である。島村との関係において駆け引きや計算高さなどみじんもないのである。純粋といえばもう一人の女、葉子もそうである。島村と駒子、葉子の対比によって雪国とそこに棲む人の美しさが際立つ。
読了日:12月04日 著者:川端 康成


乙嫁語り 12 (ハルタコミックス)乙嫁語り 12 (ハルタコミックス)感想
相変わらずの緻密な画。これまで森さんの描く民族衣装に感心しきりだったが、今巻では「髪」が凄い。それこそ第八十一話が「髪」と題した逸話である。よくもまあここまで見事に描けるものだ。 「何もやることがない一日」を描くなど、事の無い日常が過ぎて行くがそれがかえってロシアの南下政策の不穏な影を強調しているように感じるのは私だけか。スミスとタレスの前途に幸あれと願う。  それはそうと応募者全員にあたるという【ハルタ豆文庫】は5冊すべて是非とも手に入れたい。早速amazonのサイトをポチッとしてしまったぞ。
読了日:12月25日 著者:森 薫


ザ・カルテル (上) (角川文庫)ザ・カルテル (上) (角川文庫)感想
”悪魔は天使の羽を生やして現れる”  前作『犬の力』で一匹狼のDEA(アメリカ麻薬取締局)捜査官、アート・ケラーは悪魔の粉の流入を断つためメキシコの麻薬カルテルと壮絶な戦いを繰り広げた。一見それは持ち込もうとするメキシコ(麻薬カルテル)とアメリカの国境を挟んだ攻防、いわば麻薬との戦争である。持ち込もうとする南米を叩き潰せば解決するように見える。しかし問題は北米にある麻薬に対する飽くなき欲望だ。快楽(薬)への欲望と富への欲望(貧困)は人の愚かさの典型だ。人は欲望によって怪物にも悪魔にもなる。下巻を読もう。
読了日:12月29日 著者:ドン・ウィンズロウ

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