佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

2020年3月の読書メーター

3月の読書メーター
読んだ本の数:13
読んだページ数:4216
ナイス数:2269

 

 3月に読んだのは13冊。結構たくさん読んだ。そのうち図書館から借りたものが5冊。還暦を迎え立てた方針どおり、できるだけ図書館本を借り、長く保有している本を少しずつ手放して行こうとした結果である。積極的に図書館本を借り始めたところで新型コロナウイルス騒ぎ。図書館が休館となっている。なんだかなぁ・・・



朝飯朝飯感想
日本生命の広報誌『経営情報』に紫原明子さんのエッセイが掲載されており、藤村の『朝飯』について書いてあった。すばらしいエッセイだったので、興味を引かれ読んでみた次第。 金を与えた結果を知った男は、多少は落胆しただろうが、ことさら怒った様子もない。そうかそういうものだなと自嘲の笑いをうかべるのみである。そうしたねちっこくも堅苦しくもない心持ちが意外に爽快です。 藤村は1872年生まれだから、この小説が書かれた頃は30代半ばだろう。その年齢にして人というものに対する深い洞察と理解があるとみえる。かなわないな。
読了日:03月04日 著者:島崎 藤村


漂泊の王の伝説漂泊の王の伝説感想
「よく聞け。われわれはみな、自分のすることに責任がある。よい行いにも悪い行いにも。そして、人生はかならず、おまえのした分だけ返してよこす。人生は、そのつぐないをさせるということを・・・・・・。」(第六章 王より)   この言葉が暗示することがすべてを物語っている。「嫉妬」が引き起こした罪と改悛の物語。心から悔い改め気高き心を獲得した男は運命に身を委ねる。そして運命はまた変えることができる。愛の力と意志の力で。  小学校高学年向けの児童文学ですが、その実は高邁なものです。
読了日:03月05日 著者:ラウラ・ガジェゴ ガルシア


戦場のコックたち (創元推理文庫)戦場のコックたち (創元推理文庫)感想
アメリカのごく普通の青年がノルマンディー降下作戦から戦地に赴き、そこでの体験の中から正義とは何か、憎悪と信頼、あるいは尊敬、疑心など人間というもののむき出しの本質に触れていく。主人公が幼い頃の祖母とのエピソード、戦場でのエピソードを語るなかで、著者は人間の尊厳という最も大切にすべきものを描きたかったのでは無いか。いかに正義や倫理に反していようと生き残ったものが勝つという戦争の現実を目の当たりにしてなお、人の尊厳を大切にし、優しい心と正気を失わず生きていこうとする姿が印象的である。ミステリタッチの秀作。
読了日:03月08日 著者:深緑 野分


トラベリング・パンツトラベリング・パンツ感想
バラバラで過ごした4人のティーンエイジャーの夏を一本のブルージーンズがつなぐ。それぞれの思い出は甘酸っぱく、少し切ない。 4人の少女の中でもレーナの話に特に心惹かれた。言ってしまえばありきたりのガール・ミーツ・ボーイである。出会いのみずみずしさ、不器用さが微笑ましい。人は不器用で良いのだ。不器用であっても、生涯に一度だけ、ただ一人の人に出会えれば良いということ。人生は素晴らしい。 http://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2020/03/12/083704
読了日:03月12日 著者:アン ブラッシェアーズ


ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)感想
良くできた物語です。ほんとうに良くできています。つくづく良くできています。捨て子であったトーマスの18年間を振り返ることで、インドという社会が最下層の人間にどれほど過酷な環境なのか、あるいは、インドが抱える子供の虐待、階級差別、同性愛、売春、スラムの現実といった問題をあぶり出していく。貧困の中にいる最下層民が億万長者になるという痛快な話でありながら、エピソードに織り込まれた苦みが手放しで喜べない独特の味わいを添える。この小説は『スラムドッグ$ミリオネア』というタイトルで映画化され、オスカーに輝いたようだ。
読了日:03月15日 著者:ヴィカス スワラップ,ヴィカース スワループ


鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)感想
再読。秀逸なのは何と言っても「角筈にて」である。様々な人物の心情を描いて見事。涙ぼろぼろであった。泣けると言えば「ラブレター」も。そして「鉄道員(ぽっぽや」と「うらぼんえ」は泣けるだけでなく温かみと優しさが加わっている。「ろくでなしのサンタ」もじんわり温かい話。「悪魔」「伽羅」はブラックな話。そして短編集の最後を飾る「オリオン座からの招待状」のなんと味わい深いことか。閉館する映画館が壊れた夫婦の心の中に起こした奇蹟。それにしてもたくさん泣いた。物語の主人公たちの流す涙に比べて、私の涙のなんと眇たることか。
読了日:03月19日 著者:浅田 次郎


([ほ]4-3)活版印刷三日月堂 庭のアルバム (ポプラ文庫)([ほ]4-3)活版印刷三日月堂 庭のアルバム (ポプラ文庫)感想
久しぶりにほしおさんの世界に帰ってきました。今年の年明けに第一巻と第二巻を読んだ。そのまま続きを読みたくも思ったが、最近話題の「葉村晶シリーズ」や海外物などの世界をさまよってしまい、あっという間に二ヶ月が経ってしまったのである。既に季節は春。活版印刷日月堂は再び私を春のように温かく迎え入れてくれた。三日月堂と弓子さんを巡って縁がつながり新しい物語が紡がれる。それは古い印刷所で起こる日常的な物語で、決して劇的なものではない。しかしそこにささやかではあるけれど奇蹟がある。三日月堂の物語はさらに続いていく。
読了日:03月20日 著者:ほしおさなえ


活版印刷三日月堂 雲の日記帳 (ポプラ文庫)活版印刷三日月堂 雲の日記帳 (ポプラ文庫)感想
印刷するということ。それは言葉を残すということ。言葉は文字となったとたん、書き手の手を離れ旅に出る。本とは不思議なもの。思いが綴られているのに、手紙のように決まった相手に送るのではない。たくさん刷って世界に差し出される。書き手の思いが本というかたちになり、あてのない旅に出る。本書を読んで詩人・山村暮鳥が『雲』に託した思いを受け止めた今、できることならば私も死に臨んでは「死もまた生きる道程のひとつ」ととらえ、死を丸ごと味わい、噛みしめながら死んでゆきたい。それこそが死にざまであり、生きざまであろうから。
読了日:03月22日 著者:ほしお さなえ


餃子マニア (エイムック 4356)餃子マニア (エイムック 4356)感想
有楽町「テクストゥーラ」の餃子の前に食べるよだれ鶏新富町「湯浅」の羊肉焼餅(ラム肉とクミンを合わせた円盤餃子、幡ヶ谷「您好」の水餃子、飯田橋「おけ以」の戦前満州に始まった歴史を感じる焼き餃子、羽根つきならば大田区「大連」、器の上で花のように咲く乃木坂「蓮月」、名は体を表すか?高輪「ギョウザマニア」。地方の激シブ餃子屋は要チェック。大阪福島「餃子や」、広島銀山町「清ちゃん」、福岡「旭軒 春吉店」「博多屋台 武ちゃん」、大阪服部天神「赤春園」とGoogleマップにまた星印☆をポチッ! 絶対に食べたい!!
読了日:03月23日 著者: 


くじらの朝がえり (文春文庫)くじらの朝がえり (文春文庫)感想
『くじらの朝がえり』とは何なのか。くじらもはしご酒をするのか。酔っ払って街をフラフラ彷徨い、アヤシイおねえさんに声をかけられフラフラッとどこかに引っ張り込まれたりするのか。そこのところどうなのだ? えっえっ、どうなのだ! と激しく詰問する姿勢で読み始めた。シーナさんの本を読むと読みたい本が増えてしまう。シーナさんの本を読むと酒、特にビールを飲みたくなる。シーナさんの本を読むと海を見たくなる。シーナさんの本を読むと麺類が食べたくなる。そしてシーナさんの本を読むと別のシーナさんの本を読みたくなる。
読了日:03月25日 著者:椎名 誠


この世のおわりこの世のおわり感想
人は何千年経ってもいつまでも同じ過ちを繰り返し続ける。救いがない。では人は何をよりどころとして、何を信じれば良いのか。少なくとも宗教にその答えはない。宗教はしばしば人と人のあいだに隔たりと不信感を生み、争いとそれに伴う悲劇を生んできたから。それでも人はいつしか美しいものだけがある世界をつくりあげることができるのではないかという希望を捨て去ることはできない。ただの夢想に過ぎないのかもしれない。しかしたとえ夢想であってもそれこそが人間に許されたいささかの希望なのだ。そのようなことを考えさせられた一冊でした。
読了日:03月28日 著者:ラウラ・ガジェゴ・ガルシア


狩りの風よ吹け (ハヤカワ・ミステリ文庫)狩りの風よ吹け (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
30年ぶりに会った友に感じる友情と疑心、そして抗しがたい魅力を持つ女、そうしたものの中で揺れ動く心優しく友情に篤い探偵アレックス・マクナイトの姿がイイ。純情といえば純情すぎる。お人好しといえばお人好しすぎる。50歳近いオジサンがそんなことでどうすると言いたい気持ちもないではないが、そこがアレックスの魅力なのだ。これまで散々人の醜い様を目の当たりにし辛酸を嘗めてきた男が、それでも友を信じ美しい女を守ろうとして痛い目に遭う。アレックスよ、それでもいいではないか。
読了日:03月31日 著者:スティーヴ ハミルトン


七度笑えば、恋の味七度笑えば、恋の味感想
二つのおどろき。一つ目は主人公が頑なにマスクで顔を隠し続ける理由。このミスリードにまずは「やられた!」と悔し紛れのおどろきを感じる。そして二つ目は物語が佳境を迎えるに従って「44歳差の恋」というものがかたちになっていくおどろき。あれ? いや、まさかな。 いやいや、これはやはりそうか? いや、ありえねぇ。 ところがどっこい。 おいおい、まさか。 あぁ、やっちゃったよ。 という力業におどろく。これまた「やられた!!」って感じです。 恋の味、おいしく賞味させていただきました。
読了日:03月31日 著者:古矢永 塔子

読書メーター

『七度笑えば、恋の味』(古矢永塔子:著/小学館)

『七度笑えば、恋の味』(古矢永塔子:著/小学館)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を紹介します。

第1回「日本おいしい小説大賞」受賞作!

幸福な食卓」なんて、私にはきっと一生訪れない――――。 自分の容貌に強烈なコンプレックスを抱く28歳の日向桐子は、人目に触れぬよう外では常にマスクと眼鏡を身につけて暮らしている。勤務先である、「優しい料理」のサービスに力を入れる単身高齢者向けマンション『みぎわ荘』でも、職場の人間関係をうまく築くことができない。もう辞めよう、そう思っていた桐子の前に現れたのは、『みぎわ荘』最上階の住人で、72歳の不良老人・匙田譲治だった。小粋な江戸弁で話す匙田に連れてこられた「居酒屋やぶへび」で、大雑把ながら手際よくつくられた温かい料理と、悩み多き人生を懸命に生きる心優しい人々との対話を通じ、桐子の心は少しずつほぐされてゆき……。

44歳差の恋、はじまる!? おいしい料理シーンが散りばめれられた、心温まる恋味小説! 本当の自分でいられる場所を見失っているあなたへ。温かくてほっと安らぐ、極上の「おいしい小説」はいかがですか?

 

七度笑えば、恋の味

七度笑えば、恋の味

 

 

 

 二度読み返しました。
 一度目はやはり物語の筋に気をとられる。そこでキラリと光るのは主人公が頑なにマスクで顔を隠し続ける理由。このミスリードにまずは「やられた!」と悔し紛れのおどろきを感じる。そして物語が佳境を迎えるに従って「44歳差の恋」というものがかたちになっていくおどろき。あれ? いや、まさかな。 いやいや、これはやはりそうか? いや、ありえねぇ。 ところがどっこい。 おいおい、まさか。 あぁ、やっちゃったよ。 という力業におどろく。これまた「やられた!!」って感じです。
 二度目は当然のことながら物語の筋が分かっており、それは二の次である。「おいしい小説大賞」たる由縁、つまり味、料理に対する表現に注目しながら読む。そうすると、著者・古矢永さんが食べること(ひょっとして料理すること)に相当通じていることがうかがい知れる。たとえば第一話の書き出し「仕上げにひと振りしたスパイスで、スープの味が台無しになってしまうことがある」という一節など、いくらか料理の腕に覚えのある者ならポンと膝を打つだろう。同じく第一話で匙田が粕汁を作りかけたが、子どもが粕汁を嫌いだと分かって洋風のミルクスープに仕立て上げる場面。匙田が食材を鮮やかな手際で調理していく様といい、でき上がったミルクスープの温かさと滋味の表現といい相当な手練れである。
 もう一点、私が気に入ったのは祥太郎君のエピソードである。男の子は憧れの女性ができることで男になる。その女性にふさわしい男でありたいと思うのだ。少年のそんな心持ちがよい感じに描けています。
 食べることが大好きな者として、素人ながら少しは料理をする者として存分に楽しませていただきました。欲を言えば、酒についても少し書いていただきたかった。古矢永さんのご出身の青森県にも、今お住まいの高知にも良い酒があるのだから。次作を楽しみに待つ。

お城の桜

2020/03/31

 今日は姫路市立美術館友の会の理事会に出席。会議開始までに時間があったのでお城の北側を散策。花はもうすぐ満開になりそうですが、新型コロナウイルスのため今年は花見の宴を開くことはなさそうです。寂しくはありますが、人混みが無く、中国語の甲高い声も聞こえない静かなお城。これはこれで趣があります。しばらくは朝な夕なにお城周辺に立ち寄り花を愛でたいと思います。

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『狩りの風よ吹け The Hunting Wind』(スティーヴ・ハミルトン:著/越前敏弥:訳/ハヤカワ文庫)

『狩りの風よ吹け The Hunting Wind』(スティーヴ・ハミルトン:著/越前敏弥:訳/ハヤカワ文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

30年ぶりの再会だった。私立探偵アレックスのもとを訪れたのは、かつてバッテリーを組み、共に一流のメジャーリーガーを夢みた親友だった。その夢を捨て、音沙汰のなかった彼が、昔の恋人の捜索を依頼してきたのだ。アレックスは旧友のために彼の最愛の女を追うが、まもなく何者かに暴行を受け監禁される…やがて明らかになる悲劇的な真相とは? 雪解けの水のように清らかな感動があふれる、現代ハードボイルドの収穫。 

 

 

 

 30年ぶりに会った友に感じる友情と疑心、そして抗しがたい魅力を持つ女、そうしたものの中で揺れ動く心優しく友情に篤い探偵アレックス・マクナイトの姿がイイ。純情といえば純情すぎる。お人好しといえばお人好しすぎる。50歳近いオジサンがそんなことでどうすると言いたい気持ちもないではないが、そこがアレックスの魅力なのだ。これまで散々人の醜い様を目の当たりにし辛酸を嘗めてきた男が、それでも友を信じ美しい女を守ろうとして痛い目に遭う。作中アレックス本人が「わたしはこの星いちばんの大ばか者だ」 と言っているように、自分を頼りにする者を見捨てることができない性質はやはりハードボイルドの主人公としてふさわしい。困っている者、弱き者をそのままにしておくことを良しとしない気高い心こそが自分の最も大切とするものなのだ。だからこそ、自分自身を大ばか者と罵りながら関わっていくのである。

 私立探偵アレックス・マクナイト・シリーズを読むのはこれが三作目。上梓されているのは8作あるようだが、邦訳されているのはこれですべてだ。原文を読むだけの英語力がないのが残念だ。

 

『氷の闇を越えて A Cold Day in Paradise』

https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2019/04/09/072208

 

『ウルフムーンの夜 Winter of the Wolf Moon 』

https://jhon-wells.hatenablog.com/entry/2019/06/23/081806

 

 最後にアレックスが父親から女について忠告を受けたことを思い出すシーンが印象的だったので記しておく。

「いつも真実を話してくれる女を探すことだ」。いつだったかそう言っていたが、異性について忠告らしきことをされたのは、その一回きりかもしれない。「隠し事をしない女でさえ、こっちはなかなか理解できないんだ。嘘をつかれるようになったら、勝ち目はないぞ」 

 箴言といってよいのではないか。

牡蠣のフリッターを肴に「鍋島 特別純米酒」をやる

本日の厨房男子。

夕餉に牡蠣のフリッターと男爵いもホタルイカのせを作りました。

厨房に立つ前にまず一杯。「鍋島 特別純米酒」。近所に住む同級生が佐賀へ出張の際に買ってきてくれたもの。ありがたいことです。

牡蠣はそろそろシーズンが終わり。夏になっても食べられる牡蠣もあるけれど、それは特別なもの。今年はこれでおしまいにしようと思います。今日はフリッターにします。パン粉でフライにするのもうまいけれど、フリッターにすると衣がサクサクふわふわに仕上がり、牡蠣は揚がりすぎずレアに近い状態になります。小麦粉の衣に角が立つほどのメレンゲを混ぜるのがポイント。

サクサクふわふわに揚がった牡蠣のフリッターにかけるソースは「ツバメオリソース」とバルサミコ酢を混ぜて作ります。スパイシーな「ツバメオリソース」にバルサミコ酢の香り高くまろやかな酸味が加わり最高のソースになります。

会社の同僚がホタルイカの醤油漬けをくれたので、男爵いもをオーヴンでこんがりホクホクに焼いて、その上に載せて食べました。これまた旬の味わい。うまい。

揚げ物ついでに、明日用に真鯖の南蛮漬けを作っておきました。一晩漬けた頃が食べ頃でしょう。

 

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『この世のおわり』(ラウラ・ガジェゴ・ガルシア:著/松下直弘:訳/偕成社)

『この世のおわり』(ラウラ・ガジェゴ・ガルシア:著/松下直弘:訳/偕成社)を読みました。図書館本です。

 今月の初旬に同じ著者の『漂泊の王の伝説』を読み、処女作である本書を読みたくなったものです。

 

jhon-wells.hatenablog.com

 

 まずは出版社の紹介文を引きます。

要旨紀元九九七年、中世ヨーロッパ。吟遊詩人マティウスは、ふうがわりな少年修道士ミシェルと出会う。“この世のおわり”が近いと信じるミシェルは世界を救うため、三つの胸飾りをさがしているという。マティウスは半信半疑ながらも、ともに旅立つことになる。『漂泊の王の伝説』のスペイン人気作家が二十歳で書き上げた、圧巻のデビュー作。バルコ・デ・バポール児童文学賞受賞。小学校高学年から。

 

この世のおわり

この世のおわり

 

 

 

 児童書と侮ることなかれ。平易な文章でわかりやすいあらすじながら、テーマは高尚であり、人類のふるまいに対する洞察は思いのほかスルドイ。

 黙示録によるキリストの生誕から千年後におとづれるというこの世のおわり。この物語では、紀元1000年に人間が次の1000年も生きるに値するかどうかが裁かれるという設定である。そのために計り知れない力を持った三つの胸飾り「過去の時間軸」「現在の時間軸」「未来の時間軸」を誰かが集め「時をつかさどる霊」を呼び出してお祈りをするのだという。ドラゴンボールが七つの玉なら、『この世のおわり』は三つの胸飾りなのだ。その三つの胸飾りを探し求めて主人公ミシェルはマティウスという吟遊詩人と共に旅に出る。

 物語の舞台となる中世前期のヨーロッパはイスラーム帝国がかつてのローマ帝国の領域のかなりを占領し、北部はヴァイキングの侵攻によって略奪され隷属化された時代。キリストが世界を救って1000年を過ぎようとしてなお人間は相も変わらず過ちを繰り返している。栄華を誇った帝国は退廃し、権力は堕落する。教会ですら退廃と堕落の例外ではない。差別、犯罪、略奪、迫害、虐殺、いたる所で戦争があり、飢餓や恐怖や憎悪が世界を覆っている。それが過去と現在の時間軸である。では未来はどうか。キリスト教徒たちが先住民を支配し、拷問し、殺戮までして彼らの土地を奪い植民地化していく。科学技術が飛躍的にのび、自由・平等・博愛の概念を知ってなお人間世界には貧困と飢餓、戦争と略奪がある。それが人間の本質だとすれば、果たして人間は次の1000年を生きるに値するのだろうか。その問に対してどのような答を出すのかがこの物語のテーマである。

 人のあらゆる行為はあるいは人のDNAのふるまいなのかもしれない。だとすれば救いがないのかもしれない。では人は何をよりどころとして、何を信じれば良いのか。少なくとも宗教にその答はない。宗教はしばしば人と人のあいだに隔たりと不信感を生み、争いとそれに伴う悲劇を生んできた。それでも人には人を信じたいと思う気持ちがある。いつしか人間は美しいものだけがある世界をつくりあげることができるのではないかという希望を捨て去ることはできない。それはただの夢想に過ぎないのかもしれない。しかしたとえ夢想であってもそれこそが人間に許されたいささかの希望なのだ。そのようなことを考えさせられた一冊でした。

 

『くじらの朝がえり』(椎名誠:著/文春文庫)

『くじらの朝がえり』(椎名誠:著/文春文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

温泉につかった後、海胆海鞘海鼠問題を語り、走って逃げ帰る。ヒトヅマゆうこと伊豆への旅を楽しみ、日本の河川行政とナマヌル顔の若者に憤る。南の島でタコとりオジイになる老後を夢見つつ、仕事場にこもって1週間のうどん生活。おかげさまでモノカキ生活20年、全国謝恩大巡業、ペンを持ちつつ大鯨飲だ。

 

『くじらの朝がえり』とは何なのか。くじらもはしご酒をするのか。酔っ払って街をフラフラ彷徨い、アヤシイおねえさんに声をかけられフラフラッとどこかに引っ張り込まれたりするのか。飲んだ酒がアセトアルデヒドに変化し頭痛がしたりするのか。そもそもくじらの帰ってくる家はどこにあるのか。そこのところどうなのだ? えっえっ、どうなのだ! と激しく詰問する姿勢で読み始めた。

  例によってぞわぞわっと怖い話もいくつかある。抵抗する3.5メートル級のサナダムシの尻尾をつかんで引きずり出す話。春先の山で稀に見られる「蛇玉」(冬眠から醒めたばかりの蛇が何百匹もからまりあって団子状となりぬらぬらやっている)の話。

 またまた例によって行ってみたい店がいくつかできてしまった。京料理「たんたか」、えぼ鯛のカブト焼を大鉢に入れて熱燗をなみなみ注いだのを回し飲みしたいぞ。小岩にある安居酒屋「浅草バー」。ん? どちらの店も閉店しているのか。残念。若い頃バイト帰りによく言ったという浅草橋の「むつみ屋」は今も営業しているという。さくら鍋で一杯やりたい。

 またまたまた、読みたくなる本の話がいくつもある。『夜来たる』(アイザック・アシモフロバート・シルヴァーバーグ共著)はアシモフが書いた同名の短編をベースにシルヴァーバーグと共に長編にリメイクしたという変わりもの。ほかには『長い雨』(ピーター・ガドル)、『ビッグ・ピクチャー』(ダグラス・ケネディー)、『依頼なき弁護』(スティーヴ・マルティニ)、『アマゾン漂流日記』(坪井伸吾)、『とことんおでん紀行』(新井由己)などなど。こうした本は市内の図書館には置いていない。迷いに迷った末に『夜来たる』(アイザック・アシモフロバート・シルヴァーバーグ共著)と『アマゾン漂流日記』(坪井伸吾)をamazonで検索しポチッとクリックしてしまった。

 シーナさんの本を読むと読みたい本が増えてしまう。シーナさんの本を読むと酒、特にビールを飲みたくなる。シーナさんの本を読むと海を見たくなる。シーナさんの本を読むと麺類が食べたくなる。シーナさんの本を読むと旅に出たくなる。そしてシーナさんの本を読むと別のシーナさんの本を読みたくなる。