佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

「行きずりの街」(志水辰夫著・新潮文庫)を読む

 久々のシミタツである。「深夜ふたたび」を読んだのは1年以上前だ。冒険小説という名の恋愛小説だった。なかなかのハードボイルドぶり。「行きずりの街」も日本冒険小説協会大賞受賞作だということで、ジャンル分けとして冒険小説という位置づけなのかもしれないが、読後感はやはり恋愛小説である。読んでいるとそこかしこに氏のセンチメンタルな味が出ていてハードボイルドしている。1991年「このミス」第1位に輝いた作品でもある。
 話の筋は以下のとおり。女生徒との恋愛がスキャンダルとなり、都内の名門校を追放された元教師。退職後、郷里で塾講師をしていた彼は、失踪した教え子を捜しに、再び東京へ足を踏み入れた。そこで彼は失踪に自分を追放した学園が関係しているという、意外な事実を知った。十数年前の悪夢が蘇る。過去を清算すべき時が来たことを悟った男は、孤独な闘いに挑んでいった…。
 主人公は今はもう中年のオヤジである。十数年後に再び東京に戻り、昔の教え子であり元妻である雅子に再会する。もうメロメロである。本文を引用する。

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「許すと言ってくれないか」
 雅子は近づくなり、平手で私の頬を力一杯ぶった。憎しみと、怒りと、悔しさのすべてを込めて。彼女は放心したみたいにどしんと壁にもたれかかり、横向きになって腕組みをした。肩が動いている。足元に落ちている影。私たちの影はここでもふたつ平行して並んでいた。雅子に一歩近寄ると、彼女は唇を噛み、激情の渦巻いた目を真っ向から差し向けてきた。それから目をしばたき、わずかに顔をゆがめた。手を差し延べるといやいやとばかりかぶりを振った。しかし身体じゅうから力が抜けてしまっており、悲しみと、押さえている切なさとが急速に唇をわななかせはじめた。引き寄せると拒むみたいに腕を抱え、頭をわたしの顎の下に押しつけた。わたしは抱きしめてその顎を起こし、唇を重ねた。コートを放り出し、履いていた靴を脱いだ。
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 メロメロのオヤジロマンである。この部分は熱い。この部分は熱いが、しかし、やはりシミタツは本書においても終始冷めた語り口で話を進めている。その押さえた語り口ゆえ、前半は読んでいくスピードが上がらず、何度も本を投げ出した。しかし、後半はスピード感が増し、氏の押さえた文体の中にも、秘めたる熱さとセンチメンタリズムが顔を見せる。シミタツの持ち味をつまらないと感じるか、カッコイイと感じるかは意見の分かれるところだろう。私としては「好きな作家としては名前が挙がらないが、たまに読んでみたくなり、読んでみるとその良さを改めて感じさせられる」といったところか。四十男の恋愛小説ってなかなかのものです。

行きずりの街 (新潮文庫)

行きずりの街 (新潮文庫)

  • 作者:志水 辰夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/01/28
  • メディア: 文庫