佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

蜘蛛の糸・杜子春

暮色を帯びた町はずれの踏切と、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色とーーすべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗(ほがらか)な心もちが湧き上がってくるのを意識した。

(「蜜柑」より)

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

美しい文章です。『蜘蛛の糸・杜子春』(芥川龍之介/著・新潮文庫)を読みました。高校時代に一度読んだ記憶があるのですが、本棚を漁っても見あたらず、仕方がないので新しく買い求めました。大正時代に書かれたものですからロングベストセラーですね。この文庫本も昭和四十三年十一月十五日発行から八十一刷を重ねています。冒頭引用した文章をはじめとして、美しく洒脱な文章が随所にちりばめられています。さらに世間や人間に対する鋭い洞察、厭味のないユーモアがあり、読み物として奥の深い興趣を添えています。高校時代に読んだときとはまた違った楽しみを持って読ませていただきました。「杜子春」やっぱりイイ話です。「白」も好きです。「蜜柑」文章の見本です。収められた短編すべてが二十六歳から三十一歳の若い頃に書かれた作品ばかり。小難しくなく本質にズバッと切り込む潔さが清々しく好感が持てる。やっぱり芥川はこの頃が良いですなあ。