佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

プリンセス・トヨトミ

9月4日

プリンセス・トヨトミ

 そもそも、彼らの身分は武士ではなかった。
 大坂の町に住む、ただの町人たちだった。忠義や恩義や正義といった、めんどうな論理には何の思い入れもない。豊臣恩顧の大名たちから、密命を受けたわけでもない。ただ、
「これは、あまりにかわいそうじゃないか」
 という単純明快な理由で子どもの命を守ることに決めた。徳川家に露見した場合、彼ら自身はもちろん、一族の命すらも危うい。それこそ匿ったところで何の特もない。にもかかわらず、この酔狂を通り越し、無謀という他ない行為に及んだ。彼らを駆り立てたのは徳川家への恨みでもなければ、豊臣家への忠誠でもなかった。ひとえにこの大坂の陣に対する、徳川家のやり方が気に入らない、ただそれだけの理由が”元”だった。
 方広寺の釣り鐘の銘文に、言いがかり同然の難癖をつけ、それを皮切りにあらゆる手段を用い強引に戦に持ちこんだ、戦前のやり方からして、そもそもいけなかった。
 大坂冬の陣が勃発し、いったんは講和するも、約束を反故にして大阪城の堀を埋め立てたこと然り。それに怒った大坂方が兵を集めると、それを口実にふたたび戦端を開いたこと然り。途中経過もいちいちよろしくない。
 何より決定打だったのが、戦後、この世から敗者の痕跡を完全に消し去ろうと図ったことである。

                       (本書P274より)

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 冒頭の文は『プリンセス・トヨトミ』(万城目学/著・文藝春秋)からの引用です。そうなのだ。そのとおりなのだ。歴史の授業で関ヶ原の合戦から方広寺事件、大坂冬の陣大坂夏の陣に至る経緯を学ぶにつけ、釈然としないものを感じていた人は多いはずです。そして、徳川に、江戸幕府に、ひいては東京人に反感を持つ人も多いと思います。私もその一人です。万城目さんも同じ気持ちを持っていたのだ。なんとも嬉しいことです。

 昨日、『プリンセス・トヨトミ』(万城目学/著・文藝春秋)を読み終えました。先日、万城目氏のエッセイ『ザ・万歩計』を読んだばかりですが、小説としては『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』に続き三冊目です。前二作に同じく発想が奇妙奇天烈でめくるめく万城目ワールドにいざなってくれます。まさにフィクションの醍醐味を存分に堪能できる一冊です。

 物語は前半、社団法人OJOの謎をかかえたまま推移し、物語がどのような方向に展開していくのか判らないまま中盤までゆっくりとすすむ。しかし、前半がつまらないかと言えばさにあらず。登場人物のキャラが立っており、それぞれの人物の味わい深さで読ませる。そして、その登場人物が今後どのように絡みどのような展開を見せるのかと読者の期待がどんどん高まる。その期待が充分に高まったところからスピード感が出てきて大団円まで一気に走りきる。なかなか上手い展開です。

【主な登場人物】

松平 元
会計検査院第六局副長。39歳。国家公務員採用第Ⅰ種試験をトップで合格したが、わざわざ配属先に会計検査院を選んだという気骨のある変わり者。妥協を許さぬ求道者的検査から「鬼の松平」と恐れられる。いつもアイスキャンデーをしゃぶっている。
鳥居 ただし
会計検査院第六局所属。32歳。意図せず大きな不正発見のきっかけをみつけてしまうことから「ミラクル鳥居」と影で呼ばれる。インクの匂いに敏感で便意を催してしまうことから、伝票をなにげなく繰っているだけで直前に改ざんされた伝票を発見してしまうというまさにミラクルな特技を持つ。 
旭 ゲーンズブール(あさひ -)
会計検査院第六局所属。29歳。ハーバード大を卒業した才女。日本人とフランス人のハーフだがフランス語は話せず、英語と大阪弁に堪能。美形で長身。すらりとした足がスカートから伸びたスーツ姿は誰もがふり返るほど。
真田 幸一
お好み焼き屋「太閤」主人。実は『大阪国』総理大臣である。 大阪人でありながら広島カープ前田智徳のファンという求道者的性格。
真田 大輔
中学二年生。小学生の頃から女性になることに憧れ、「僕を女の子にして下さい」と榎木大明神にお願いしている。ついに男物の学生服でいることに堪えきれなくなりセーラー姿で登校。しかしプチ肥満で美形でもないのでセーラー服姿はまったく似合わない。
橋場 茶子
中学二年生。幼い頃に両親を亡くし、自身を引き取ったおばと大輔の家族によって育てられた。性同一性障害ゆえイジメに遭う大輔を助ける気丈な女の子。太閤さんの末裔。

 本を貸して下さったシャワさんに感謝。

 

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