佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

横道世之介

世之介はとりあえず床に座り込んだ。ざらついている。鞄に雑巾が入っていることを思い出した。今朝、母親が半ば無理やり鞄に入れたものである。息子にとって新生活は希望なのだが、母親にしてみれば、新生活は雑巾らしい。

                                    (本書P12より)

 

横道世之介』(吉田修一・著/文春文庫)を読みました。

初・吉田修一である。なかなか良かった。おいおい他の作品にも手をのばしてみようと思う。

まずは出版社の紹介文を引きます。


大学進学のため長崎から上京した横道世之介18歳。愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さで、様々な出会いと笑いを引き寄せる。友の結婚に出産、学園祭のサンバ行進、お嬢様との恋愛、カメラとの出会い…。誰の人生にも温かな光を灯す、青春小説の金字塔。第7回本屋大賞第3位に選ばれた、柴田錬三郎賞受賞作。


 

ずいぶん昔のことになるが、かつて私も親元を離れ一人で学生生活を送ったことがある。本作の舞台は東京、私が住んだ街は神戸。時代も本作の’80年代バブル期に対し、私の場合は’70年代の後半であったので、少しく様相は違うだろう。しかし、生活環境が一変するなかで期待と不安がないまぜになった心持ちというものはおそらく同じに違いない。

読んでいて、なにか楽しくもあり、懐かしくもあり、かなしくもあるというなんとも不思議な心持ちであった。そして後に残ったのは、なにやらほんわか温かいもの。それは実態がはっきりせず、曖昧模糊としたものではあるけれど。

小説の構成は大学入学の4月から翌年の3月までの12ヶ月の章立て。田舎から上京してだんだんと東京になじんでいく様が12ヶ月を通じて読者に分かる形で話が進むのだが、ところどころでカットバックの手法で世之介と知り合いだった人間の十数年後の姿が描かれ、淡々と進む物語にアクセントをつけている。なかなか上手い手法だと思う。上手いと言えばもう一つ、登場人物の会話の後に入る作者のツッコミも上手いもので、読者をクスリと笑わせてくれる。お薦めの小説です。