佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

味を追う旅

 戦前のそば屋には、必ずと言っていいほど清酒の四斗樽が置かれ、壁に御酒という札がかかっていた。そばは、酒によく合うのである。

 私の好みだが、そば屋で酒を飲むときは、天ぷらそばを注文する。

 お銚子が先に出てくる。それを傾け、杯で四,五杯飲んだところに、天ぷらそばが運ばれてくる。

 熱いつゆにひたされた天ぷらを少し食べて杯をかたむけ、そばも二筋か三筋口にはこぶ。つゆを飲むこともする。そして、酒。

 天ぬきのある店では、それを肴に酒を飲む。言うまでもなく、天ぷらそばのそばがぬいてあるから天ぬきで、熱いつゆの中に天ぷらが浮かんでいる。それを少しずつ口にしながら酒を飲んでいると、心から幸せな気分になる。コマーシャルではないが、日本人に生まれてよかった、とつくづく思うのである。

                               (本書P173-174より)

 

『味を追う旅』(吉村昭・著/河出書房新社)を読みました。

 

まずは出版社の紹介文を引きます。


 

北は北海道から西は四国、長崎、南は沖縄まで、出合ったうまい物の思い出の数々。気のきいたものから、裏通りの何気ないうどんまで。取材の裏に食の影あり。旅先の朝は市場がよい。東京にも、旅はある。吉祥寺で鴨肉に舌つづみ、下町浅草にも訪う店は少なからず。口福、そして居心地。蘊蓄無用の紀行集。


 

 

 

地元に行きつけの店がある。その店はいわゆる高級店ではなく、安くてうまい店である。行列に並んでまで食べようとは思わない。蕎麦屋では酒を飲む。旅先でも、その町その町にうまい店を知っている。食事付きの旅館には泊まらない。どこでも決まったような料理しか出ないからだ。ホテルに泊まって、夕食は街中にあるうまい店に出かける。朝飯はその町の市場に出かける。市場の周辺には必ずうまいものを食わせる店があるからである。食材を買い付ける玄人相手の店だけに、材料、味、値にウソが無い。客に気を遣わせるような偉そうな店主のいる店には行かない。人におもねることはしない。吉村昭氏はそのような人だ。お手本としたい。