佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『知の武装 救国のインテリジェンス』(手嶋龍一・佐藤優:著/新潮新書)

『知の武装 救国のインテリジェンス』(手嶋龍一・佐藤優:著/新潮新書)を読みました。

 

まずは出版社の紹介文を引きます。


世界の「解読法」を教えます。東京五輪尖閣、CIA、プーチン、安倍政権……日本人の知らない「深層」。

ニュースを鵜呑みにしていては、深層はつかめない。激流の世界で勝つには「知性〈インテリジェンス〉」が必要だ――東京五輪尖閣の関係、安倍首相の真の評判、シリアを左右したスノーデン事件の「倍返し」、中韓領土問題の奥の手、北朝鮮写真に隠されたメッセージ……日本最強の外交的知性がその情報力と分析力を惜しみなく披露。最新情勢の解読法から諜報の基礎知識までを解説した、武器としてのインテリジェンス入門。


 

 

「インテリジェンス」ってのは単なる知能あるいは情報をさす言葉ではなく、情報の集積とその情報に対する適切な考察と評価、さらにその先に現れるであろう事象を予測するとともに対応処置まで演繹することと理解しました。共に最高レベルの知性を持つ手嶋氏と佐藤氏の対談はエキサイティングだった。私は心のどこかで評論家を信用していないところがあり、ほんとうのところ本書を読む前には「実際の所はわかりもしないのに得た情報を基にあれこれ断定する」様に辟易するのではないかと危惧していたのだが、手嶋氏の「所詮、完璧なインテリジェンスなどありません」の一言に杞憂であったことが判った。失礼しました。まさにインテリジェンスがここにあります。

 

興味深い対談だったので、特に印象的な部分を引用しておく。

 


(佐藤) 仮に先行してニ島返還が決まつたとしましょう。でも、すぐに歯舞、色丹が日本側に引き渡されるかというと、すごく深刻な問題を抱えています。現行の安保体制では、日本が実効支配している全ての領域に、米軍は展開できることになっているからです。
(手嶋) だからこそ、かつてクリントン国務長官が「日本の実効支配は尖閣諸島に及んでいる」と断じた意味は重大なのですね。尖閣が武力で中国から侵されれば、日米安保条約第五条に基づいて米軍の武力が発動されるのですから。(P25より抜粋)

 


(佐藤) 超大国が設定したルールが崩れてしまえば、イランがニ〇%を超すウラン濃縮を始めてしまう怖れがあります。いわば、何パーセントまでなら濃縮ができるかという新しいゲームが始まってしまう。
 いずれにせよ、イスラエルは自国の防衛体制をより強化すると共に、最大の脅威であるイランをどう封じ込めるかということに本腰を入れてくるでしよう。そのため、現実的な観点から、ロシアとの関係を深めるのではないかと私は読んでいます。
(手嶋) たしかにシリアに対する軍事介入はひとまず回避されましたが、これで危機が去ったわけではありません。一九三八年のミュンヘン会談では、英仏がヒトラーに妥協したことで.一時の平和は保たれました。しかし、「ミュンヘンの宥和」は、ナチス・ドイツをさらなる侵略に走らせ、第二次世界大戦への序曲を奏でてしまった。とりわけ戦後の日本社会では「戦争はとにかくいけない」という前提で外交もメディアもやってきましたから、軍事衝突が回避されただけで、手放しにこれを歓迎する風潮が圧倒的ですが、「戦争の回避」によってどんな事態が持ちあがるか、洞察に富んだ言説がほとんど見当たりません。
 オバマ大統領の「シリアでの挫折」は、今後の東アジア情勢に「重大なツケ」として回ってくると考えなければいけません。とりわけ尖閣問題へ深刻な影響を及ぼすことになるでしょう。(P48-P49より抜粋)

 


(佐藤) 「元インテリジェンス・オフイサーなど存在しない」というのがプーチンの口癖です。ひとたびインテリジェンス機関に奉職した者は、生涯を通じて諜報の世界の掟に従い、祖国に身を捧げるべきだ。この約束事に背きし者は命を失っても文句は言えない、
というのですね。スノーデン問題にも、この哲学で対処していました。
(手嶋) 米ソ両超大国が「核の刃」を互いに突きつけて対峙していた、あの冷たい戦争の時代に、泣く子も黙ると怖れられたKGBのオフイサーとして、情報戦の最前線に身を置いていたプーチン大統領から出た警句だけに、その切れ味はひときわ際立っています。(P90より抜粋)

 


(佐藤) 中国共産党は、習近平を新しい総書記に選ぶ二〇一二年十一月の全国代表大会で「海洋権益を断固として守り、海洋強国を建設する」という表現を大会報告に盛り込みました。中国はこれまで膨大な人数の陸軍を擁する紛れもない「陸の大国」でしたが、このときを夕ーニング・ポイントに「海の大国」を目指すことを鮮明に打ち出したのです。
(手嶋) そんな新興の「海洋強国」に、オバマ大統領の曖昧な姿勢は誤ったシグナルを送ってしまった可能性があります。これまでアメリカは、「尖閣諸島は日本の実効支配下にあり、日米安保の適用範囲だ」と言い募ってきたのに、明確な姿勢を示さなくなった。有事に際して尖閣諸島を武力で侵してもアメリカは武力で反撃してこないかもしれない――習近平主席はそう受け止め、中国を武力侵攻の誘惑に駆り立てるかもしれません。
(佐藤) 習近平の中国は、国際社会で確立されたゲームのルールをいま、一方的に変更しようとしています。だからこそ日本もアメリカも、中国には毅然とした姿勢で臨み、曖昧な態度を見せてはいけないんですね。
(手嶋) 尖閣での中国漁船衝突事件への民主党政権の対応がその典型でしたが、中国の意図について根拠なき楽観的な見方がいまの日本ではまかり通っています。(P116-P117より抜粋)

 


(手嶋)・・・・・・韓国政府と水面下でやりとりを続けている日本側のキー・パーソンの一人は、「韓国側は依然として柔軟な対応を見せようとしていない」と話しています。それを裏付けるかのように、旭日旗を使った者を処罰する法案が議会に提出されるなど、日韓の軋櫟は収まる気配がありません。
 しかし、韓国側は日本との関係をここまで悪くしておいて、一体どうしようというのでしようか。朝鮮半島の有事が現実になったとき、在日米軍が前線に出動するには、日米安全保障条約に基づく取り決めに從い、アメリカ側から日本に事前協議が提起されることになっています。日本政府はこれに「諾否」を表さなければならない。いまのようなささくれ立った日韓関係が続けば、日本政府が常にイエス」というとは限らない。件のキー・パーソンがこう指摘したところ、韓国政府の高官は思わず黙り込んでしまったそうです。(P128より抜粋)

 


(手嶋)  佐藤さんは先ほど、「自由や民主主義といつた価値観を分かち合う」と言いましたたね。これは現代日本の外交・安全保障を考える上での核心部分です。私は、日本の若い方々にアメリカの力の行使について次のように説明しています。
「中国が尖閣諸島を侵そうとするとき、アメリカ大統領は何故、沖繩の海兵隊の若い兵士に前線に赴くよう命じるのか。アメリカの戦術的な理由からでは決してありません。戦後の日本は、国際社会で光り輝くような民主主義国家であり、その一部である尖閣諸島を一方的なカの支配に委ねてはをらない――。アメリカ大統領は、自由や民主主義といった同じ価値観を分かち合う日本のために、若い海兵隊員に死地に赴くよう命じるのです」と。アメリカ大統領にとっては、自国の若者を戦場に送る決断以上に重い決断はありません。
(佐藤)  ところが、本当に日本は、自由や民主主義という共通の価俯観を分かち合えるのか、アメリカが疑いを持たざるをえない出来事が持ち上がりました。ニ〇一三年七月ニ十九日、東京都内のシンポジウムで麻生太郎副総理兼財務相は、ナチスが民主主義の手続きに従って権力を掌握したという驚くベき認識を示したのです。(P134より抜粋)

 


(佐藤)  こうした中では、少しピントが外れた発想なんですけれど、日本の政治家は、アメリ力のCIAやイギリスのSISのような対外情報機関があれば、交渉相手の手の内を知るインテリジェンスを入手でき、誤りなき政治決断をくだし、国内対策にも抜かりなく手を打てるのに、と思つていることでしよう。
(手嶋)  戦後の日本は、対外情報機関を持ってこなかったのですから、日本の政治家がそう思うのも無理はありませんが、所詮、完璧なインテリジェンスなどありません。不完全な情報の中で決断をくだし、その結果責任をとるのが、政治のリーダーたる者の責務なのです。政治家が日本版CIAを作って学ぶのは、そうした冷徹な現実でしよう。
(佐藤)  日本の政治指導者はそれより、TPP交渉の歴史的意義を再認識し、実益ある結果を引き出すべきですよ」交渉を必ずまとめるという強い意志を内外に示すことです。(P153より抜粋)

 


(手嶋)・・・・・・自由やデモクラシーの価値観を、独裁が支配する中東に押し広げていく。こうした民主主義のグローバリゼーションを志向するネオコンは、一見するとインテリジェンスを存分に駆使して、力の発動に踏み切ったように見えます。しかし、彼らのインテリジェンスは惨めなほどに間違っていた。
(佐藤)  これは大変に示唆的ですね。
(手嶋)  同時多発テロ事件から一年半経った二〇〇三年三月、イラク輓争の火ぶたが切られました。しかし、すでにニ〇〇一年の十二月には、ブッシュ大統領ラムズフェルド国防長官にイラク攻撃の作戦案を策定するよう密かに命じています。こうした大統領の胸の内は、やがて岩に水が染み入るように、政府部内に伝わっていきました。政府部内の十七あるインテリシェンス機関もそれと気つくようになっていく。そうなると親分の意をくんだ情報ばかりがホワイトハウスに集まるようになります。リーダーたるもの、精緻なインテリジェンスが欲しければ、胸の内を部下に悟られてはなりません。
(佐藤)  そうなんです。アメリカは、イラク大量破壊兵器があると意図的にでっちあげたんじゃない。政権の中枢に集まってくる情報が、ことごとく大量破壊兵器の存在を示唆するものばかりになつてしまつたからです。(P204より抜粋)