佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

喪服のランデヴー

『喪服のランデヴー』(コーネル・ウールリッチ:著、高橋豊:訳/ハヤカワ・ミステリ文庫<HM⑩-1>)を読み終えました。
 
 
二人は毎晩八時に逢った。雨の降る日も雪の日も、月の照る夜も照らぬ夜も。
 
 冒頭部「別れ」の章の書き出しです。素敵な書き出しです。この章にコーネル・ウールリッチの恋愛観が色濃くでている。この世に唯一無二の相手を求める。お互いがお互いを視る特別な眼を持っている関係、他の人では決して替わることが出来ない運命の人との出会いである。その娘を失ってみれば儚い倖せの日々、その喪失感と孤独はウールリッチの創作と云うよりは実体験ではないかと思うほど切なさが胸に迫ってくる。
 
 物語は復讐劇だ。復讐の原因を作った側に悪意はない。軽率さが招いた偶然のいたずらである。もしもそこに悪意があるとすれば、そのような偶然の出来事をゆるした神の中にあるのだろう。しかし、主人公ジョニー・マーはその出来事を受け入れることが出来ない。なぜなら死んでしまった彼女・ドロシーはジョニーにとって唯一無二の恋人であり、彼のすべてであったのだから。彼の復讐は神の創りたもうた不条理を正す祈りにも似た作業だったに違いない。
 
 同じくコーネル・ウールリッチが書いた女性版復讐劇『黒衣の花嫁』も読むことにする。また、ウイリアムアイリッシュ名義で書かれた名作と評される『幻の女』も再読したい。『幻の女』の書き出しがまた良いのです。
 
夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。
 
 故・寺山修司氏は著書『家出のすすめ』の第3章「反俗のすすめ」の中で『喪服のランデヴー』を「逢う人ごとに推める奇癖をもつ」とし、「わたしは、この男ジョニー・マーを愛するとともに、復讐という美学(きわめて人間的な)の復権を提唱したいと思います。復讐こそは、人間の自尊心を恢復させる唯一の可能性になり得ることでしょう」と述べている。私も寺山氏に倣い「おすすめのミステリはありますか?」と尋ねられたら『喪服のランデヴー』を推奨することとしよう。いや「おすすめのラブ・ストーリー」として・・・