佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『島守』(中勘助 1924年 「新潮文庫・日本文学100年の名作・第二巻 1924-1933 幸福の持参者」より)

新潮文庫・日本文学100年の名作・第二巻 1924-1933 幸福の持参者」に収録された『島守』を読みました。

 

 以前に読んだ『銀の匙』も自伝的な作品であったが、この『島守』も中勘助が二七、八歳のころに野尻湖の弁天島にただ一人暮らした体験を基に綴られた小説らしい。どうやら勘助は徹底的な孤独を愛した人らしい。私の好みとは言い難いが、センチメンタルかつ叙情的な文章に「おっ」と思うところが随所にあった。

日記の形式で綴られているが、透明で美しい文章です。その美しさは書き出しの一節を読むだけで判ります。

 これは芙蓉の花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。この山国の湖には夏がすぎてからはほとんど日として嵐の吹かぬことがない。そうしてすこしの遮るものもない島はそのうえに鬱蒼と生い繁った大木、それらの根に培うべく湖のなかに蟠ったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわる境めに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでの騒しさにひきかえて落葉松のしんを噛む蠹(きくいむし)の音もきこえるばかり静な無風の状態がつづく。 

 

当時の中氏の心情が良く表れていると思われるところを引用します。

私は今ひとりになって世のさかしらな人々に愚かな己の姿を見る苦しみからのがれ、またいかに人間はつまらぬ交渉をつづけんがために無益に煩わされているかを知った。世のあさましいことは見つくしまたしつくした。
今はただ暫しなりとも清浄な安息を得たいと思う。旅人よ、私はおんみらがかしましいだみ声をもってこの寂寞を破ることをおそれるばかりである。

兄の重病に端を発した兄との確執、兄嫁への秘めた思い、親戚の誤解と中傷など、当時の勘助を取り巻く状況からの逃避、甚だしく厭世観に苛まれていた心情をうかがい知ることができる。中勘助という作家を知るうえで読んでおくべき小説だろう。