佐々陽太朗の日記

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『春山入り』(青山文平・著/新潮文庫)

『春山入り』(青山文平・著/新潮文庫)を読みました。

 単行本では『約定』と題された短編集を文庫本では『春山入り』に改題された由、両方の短編を読んでみてなんとなくその理由が分かるような気がします。どちらも示唆に富み印象深い短編だが、もう一度読み直したいのは『春山入り』である。色あせない味わいがある。

 出版社の紹介文を引きます。

藩命により友を斬るための刀を探す武士の胸中を描く「春山入り」。小さな道場を開く浪人が、ふとしたことで介抱した行き倒れの痩せ侍。その侍が申し出た刀の交換と、劇的な結末を描く「三筋界隈」。城内の苛めで病んだ若侍が初めて人を斬る「夏の日」。他に、「半席」「約定」「乳房」等、踏み止まるしかないその場処で、もがき続ける者たちの姿を刻みこんだ本格時代小説の名品。『約定』改題。 

 

 

春山入り (新潮文庫)

春山入り (新潮文庫)

 

 

 これはあくまで私にかぎったことだろうけれど、青山氏の短編には初めのうち妙な読みにくさがあると感じる。私はその理由をあとがきに書いてあった青山氏の短編の書き方に見た気がする。青山氏曰く「私は、いわゆるプロットをつくらない書き手です。つまり、前もって設計図をつくることをしません」。物語の筋は登場人物しだいということなのだ。指が登場人物を描いてみて初めて登場人物がどう動くかが見えてくるということなのだろう。物語の前半の不透明さが私を落ち着かない気分にさせ、後半になって登場人物の行動がひとつの方向を目指して動き始めたとき、一気に興が乗り、人物が輝き始める。そんな感じですね。それはそれでミステリ時代小説として楽しい。