佐々陽太朗の日記

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『聖なる怠け者の冒険【挿絵集】』(フジモトマサル・著/朝日新聞出版)

『聖なる怠け者の冒険【挿絵集】』(フジモトマサル・著/朝日新聞出版)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

森見登美彦氏による朝日新聞連載小説「聖なる怠け者の冒険」の挿絵を一冊に。フジモト、森見両氏の全作コメントつき。 

 

聖なる怠け者の冒険 挿絵集

聖なる怠け者の冒険 挿絵集

 

 

 先日、文庫本の『聖なる怠け者の冒険』を読み、より登美彦氏の世界を味わい尽くすために単行本の小説を買い求めました。単行本の小説を読み、文庫本と比較して楽しもうと思っていたのだが、本書【挿絵集】が宅配便で届いて気が変わってしまいました。本書を手に取って装丁を見た瞬間に本書に目が離せなくなったのです。あたかも新聞紙で作ったかのようなカバー、表紙にはぽんぽこ仮面の絵、装丁の素晴らしさに一目惚れです。ちなみにこの装丁は名久井直子氏の手になるものである。カバーは新聞紙であるから記事の断片が載っている。広告も載っている。連載小説はなんと『聖なる怠け者の冒険』の第1回がフジモトマサル氏の挿絵とともに載っているという凝りようである。記事には蕎麦処六角でひたすら蕎麦を打ち、食べ、雑魚寝をするという行事「無限蕎麦」が開催されるとの告知、広告には「精力増強、羽化登仙」を謳ったテングブランと小問題にも総力を挙げて調査することを謳う浦本探偵事務所が載っている。「小問題こそ大問題。小問題を嗤う者は小問題に泣く」というフレーズが微笑を誘う。パラパラ頁を捲り、フジモトマサル氏の挿絵の素晴らしさにため息をつき、挿絵に付いたフジモト氏と登美彦氏のコメントを読むうちに、いつしか時間を忘れ最後まで読んでしまった。

 

 どの挿絵も素晴らしいのだが中でも私が気に入ったのは次の三点。

 一枚目は無限蕎麦の六角蕎麦に忽然と姿を現したぽんぽこ仮面。明暗のコントラストが鮮やかで、ぽんぽこ仮面が可愛くもあり不気味でもある。正義の味方のぽんぽこ仮面の心にある闇を見るようで感慨深い。がんばれ!ぽんぽこ仮面。

 二枚目は無限蕎麦の会場「蕎麦処 六角」のたたずまい。「本日無限蕎麦」とかかっている札が良い。こんな蕎麦屋があれば絶対に立ち寄ってしまうに違いない。

 三枚目は木造のアーチ橋に現れたぽんぽこ仮面。ネガポジ反転の技法はジャン・コクトーを彷彿させる。このような木造アーチ橋が京都に残っているのかどうかは不明。どなたかご存じであれば教えていただきたい。ひょっとしたら、昔むかし、牛若丸と弁慶が戦った五条大橋をイメージしているのか?

 

 本書を読み終えた今、私の中で小さな問題が生じている。その問題とは、文庫版『聖なる怠け者の冒険』を出すにあたり登美彦氏は単行本『聖なる怠け者の冒険』をかなりいじくり回したらしい(この点は「文庫本あとがき」に登美彦氏自らが記しているので確実である)のだが、新聞連載されたものと単行本もかなり内容が違うのではないかというものである。挿絵の中に文庫本で描かれた場面とはまったく違うものが散見されるのだ。これはどうしたことかと単行本のあとがきを読んでみた。するとそこには登美彦氏の手によって驚愕の事実が明かされていたのである。それを引用すると

 この新しい『聖なる怠け者の冒険』は、朝日新聞に連載された『聖なる怠け者の冒険』とは、タイトルと主要登場人物は共通しているものの、まったく違う小説である。連載されたかたちで書籍化されるのを待っていてくださった読者の方々には、その点をお詫びしたい。

とある。なんと云うことだ。この世には3種類の『聖なる怠け者の冒険』があるのだ。そんなことは大した問題ではないではないかと仰る御仁もあるだろう。しかし「小問題こそ大問題。小問題を嗤う者は小問題に泣く」のだ。これを放っておいては死に際に悔いを残すのだ。かくなる上は単行本『聖なる怠け者の冒険』を読み、しかる後に朝日新聞掲載『聖なる怠け者の冒険』を読むのだ。どうすれば新聞版を読むことができるだろう。おそらく図書館に通い朝日新聞縮刷版を読むのがよろしかろう。しかし縮刷版を読むには少々視力に不安がある。天眼鏡を購入せねばなるまい。小問題はあらたな小問題を生む。困った小説だ。

いろいろ小問題を私に投げかけた困った本ではあるが、なんとも素晴らしい本でした。この本は手放せない。一生大切にします。なんなら棺桶に入れてもらってあの世まで持っていくぞ。