佐々陽太朗の日記

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『蒲生邸事件』(みやべみゆき・著/文春文庫)

『蒲生邸事件』(みやべみゆき・著/文春文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

第18回(1997年)日本SF大賞受賞

【内容紹介】 一九九四年、予備校受験のために上京した受験生の尾崎孝史だったが、二月二十六日未明、宿泊している古いホテルで火災に見舞われた。間一髪、同宿の男に救われたものの、避難した先はなんと昭和十一年の東京。男は時間軸を自由に移動できる能力を持った時間旅行者だったのだ。雪降りしきる帝都では、いままさに二・二六事件が起きようとしていた――。大胆な着想で挑んだ著者会心日本SF大賞受賞長篇!『蒲生邸事件』の真の主人公は青年ではなく「歴史」である。歴史的事件の肌ざわりをたくみに示しながら、歴史とは何か、そして歴史を評価するとはどういうことかを、さりげなくこの小説は問うている。(関川夏央「解説」より)

 

蒲生邸事件 上 (文春文庫)

蒲生邸事件 上 (文春文庫)

 

 

蒲生邸事件 下 (文春文庫)

蒲生邸事件 下 (文春文庫)

 

 

 本書のことはY.I.さんから 教えていただいた。私の大好きな時間旅行もの小説だと。一も二もなく読みました。大長編ですから少々時間がかかりましたけれど。

 物語の途中まで主人公・孝史に共感できませんでした。今の若者に多いタイプで近代史に疎く、先の大戦について自分なりの評価していない。そんなことだから、学校の先生やマスコミ(特に新聞)報道を鵜呑みにして、戦前の日本=悪、戦後の日本=善(自由と人権が守られた正しい社会)といったステロタイプの考え(考えと言えるほどのものでもないが)を無邪気に信じ込んでいるのだ。最初、私はそれが宮部みゆきさんの認識なのだと誤解し、読むのをやめてしまおうかと思ったほどです。しかし話が進み、佳境にさしかかってくると様相は変わってきます。主人公が2.26事件があった昭和11年に暮らすことによって、いつの間にか成長し、しっかりとした大人になったからです。巻末の解説に関川夏央氏が宮部みゆきさんの「歴史」に対する態度を「過去を過去であるという理由で差別しない態度」と表現していらっしゃるが、宮部さんは今の世間一般の大方の態度が「戦前」を非進歩的な忌むべき過去として切って捨てがちであるのに対し、その過去をきちんと評価なさっていると見える。その態度は全否定ではなく、評価すべきものは評価し、肯定すべきものは肯定するというまっすぐな態度である。それはこの小説の一番重要な登場人物ともいえる”ふき”さんに、60年後の平和な日本にタイムトリップするチャンスを一顧だにせず、おそらく人が生きる上で最悪の時代であろう昭和初期にそのまま生きることを選ばせたことに現れていると思える。

 宮部さんはそんな孝史とふきに素敵な結末を用意した。それをここで語るわけにはいかない。それはけっして甘く幸せな結末ではなかったが、素敵な素敵な結末であったとだけ書いておこう。