佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『祇園白川 小堀商店 レシピ買います』(柏井壽・著/新潮文庫)

祇園白川 小堀商店 レシピ買います』(柏井壽・著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

祇園の名店『和食ZEN』の奥にある秘密の扉。『小堀商店』の入り口だ。ZEN店長の淳、売れっ子の芸妓ふく梅、市役所勤務の伊達男木原の三人は、食通として名高い百貨店相談役、小堀善次郎の命を受け、とびきりのレシピを買い取るため、情報収集に努めている。そして今日も腕利きワケありの料理人が現れて――。京都と食を知り尽くす著者が描く、最高に美味しくてドラマチックなグルメ小説。

  

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 2018年10月1日発売の本書、発売後まもなく重版が決定した由、心からお慶び申し上げます。おいしい食べもの、京都、柏井壽先生と三拍子そろえば重版も驚くには当たらない当然の帰結でありましょう。競馬でいえばガチガチレース、株でいえば株価上昇力が強く底値も堅い連続増配株といったところ。一読者として、先生にはどんどん書いていただき、『鴨川食堂』とともに末永くシリーズとして楽しませていただくことをお願いいたします。

 さて本書は京都の老舗百貨店の会長を退き、今は相談役をしている小堀善次郎が美食を極めるために世の優れたレシピを買い集めるという話。料理人にとって、長年の修行と試行錯誤のうえで他にマネのできないところまで昇華させた料理のレシピは、己の神髄というべきもので、まさに己の骨、血、肉であり、場合によっては人生そのものといえるほどのものである。それを買いたいといわれても、おいそれと応じられるものではないだろう。一方、料理人には己の作品に対する自負があり、自分のレシピをいったいいくらで買ってくれるのかを知りたいという誘惑に駆られる気持ちもないとは言えない。それは自分が人生をかけてすべてを傾注した料理のレシピに高値がつくことによって、自分の仕事がけっして独りよがりなものではなく、客観的に確かに高い価値があったのだ確認したいという気持ちなのかも知れない。そうはいっても、やはり料理人にとって独自のレシピは大切なもの。そのレシピを売ろうとするにはやむにやまれぬ事情があり、ドラマがあるのだ。読者たる我々はそのドラマに胸を熱くし、そこに登場する人物の心根に心温まる思いを抱くのである。

 本書の魅力は物語としての面白さもさることながら、場面場面に登場する様々なおいしい食べものにある。おそらく柏井氏が食べ歩かれた実体験をベースに書かれており、それだけにそのおいしさが真に迫って伝わってくる。食欲が刺激されること甚だしく、また料理したい気持ちも大いに高まるのだ。現に私は今、自家製ウスターソースを作りたい思いに駆られ、 ツバメソースの青ラベル「オリソース」をネット通販で発注した。

 本書に収録された六話はそれぞれに味わい深いが、私が特に好きなのは第五話「オムライス」である。小学三年生の少女のお母さんを思う気持ちに目頭が熱くなった。それにオムライスとトンカツは私の大好物なのだ。物語の舞台となった『グリルたけやま』で木原とふく梅がオムライスを食べた後、トンカツも食べたくなって注文する場面があるが、その気持ちがよく分かる。おそらくこれも柏井氏の実体験かと思って笑ってしまった。とにかく近いうちに自家製ウスターソースを作る。そしてオムライスとトンカツを同時に食べるのだ。なんとささやかでつましい夢であることよ。