『海近(うみちか)旅館』(柏井壽・著/小学館)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
『鴨川食堂』の次は、当館へお越しください
海野美咲が半年前から若女将をつとめる静岡県伊東市の旅館は、海が近いだけが取り柄で、サービス、施設ともにいまいち。お盆休みのピーク期でも満室にならない体たらくが続いていた。名女将だった母に、おんぶに抱っこだった父も兄も頼りにならない。それでも宿を一生懸命切り盛りする美咲に、不思議な出会いの数々が訪れる。
あなたの働く気持ちを後押しする“おもてなし"小説!
--お客さまはけっして神さまではありません。でも、ときどき神さまがお客さまになってお越しになることはあります。
日本の個人経営の旅館が抱えている問題に焦点を当て、旅館の本来あるべき姿とその魅力がどこにあるのかを物語にした人情話にして問題作と言ってしまいましょう。大手資本がその資本力と一般ウケする安直なノウハウを武器に跳梁跋扈している現状を憂えるのは柏井氏だけではないだろう。旅の楽しみ方は人それぞれ、人生いろいろ、好みもいろいろ、好きに楽しめば良い。しかし、できればそこに見せかけではないホンモノを楽しめる中身が欲しい。旅館にせよ、食事にせよ、けっして贅沢でなくても見せかけでない真心のこもったサービスがあって欲しいものだ。その意味でこの物語は各地を旅して回ることを楽しみとする私の腑に落ちた。
伊豆大島を舞台にするこの物語は、川奈いるか浜の景色を知るものにとって臨場感たっぷりだ。話の中に「スコット」の洋食が出てきたり、登場人物が飲む酒が「開運」であったり「磯自慢」や「杉錦」であったりと旅好き(酒好き?)の心をくすぐる。熱海の居酒屋「伝助」がいったいどこをイメージしているのか興味あるところ。
この小説に登場したような旅館をぜひとも守りたい。そうしなければ我々の旅は味気ないものになってしまう。守る方法はただ一つ。そうした旅館の良さを知り、理解し、何度も使うこと。それしかない。