佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『東京會舘とわたし』(辻村深月・著/文春文庫)

東京會舘とわたし』(辻村深月・著/文春文庫)を読みました。「上・旧館」と「下・新館」の二冊組みです。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

 大正十一年、社交の殿堂として丸の内に創業。東京會舘は訪れる客や従業員に寄り添いつつ、その人の数だけ物語を紡いできた。記憶に残る戦前のクラシック演奏会、戦中の結婚披露宴、戦後に誕生したオリジナルカクテル、クッキングスクールの開校―。震災や空襲、GHQの接収など荒波を経て、激動の昭和を見続けた建物の物語。

 井上靖三島由紀夫らの小説でも描かれ、コーちゃんこと越路吹雪は多忙ながら東京會舘でのショーには永く出演した。七〇年代はじめに改装。平成では東日本大震災の夜、帰宅できない人々を受け入れ、その翌年には万感の思いで直木賞の受賞会見に臨む作家がいた。そして新元号の年、三代目の新本館が竣工する。 

 

 

東京會舘とわたし 上 旧館 (文春文庫)

東京會舘とわたし 上 旧館 (文春文庫)

 
東京會舘とわたし 下 新館 (文春文庫)

東京會舘とわたし 下 新館 (文春文庫)

 

 

 大正から令和まで、東京會舘の時間はゆっくりと今日も歴史を刻む。それはそこに働く人たち、訪れた人たち一人ひとりの思い出の積み重なりだ。會舘に縁のあった人たちのエピソードがささやかな伝説として語られる。その人たちに対する深い敬意とともに。いかなる時代、状況下にあっても、真心はある。それは明日をあきらめず信じる人だけが持てる心かもしれない。

 読者はまるでタイムスリップして東京會舘に足を踏み入れたかのような錯覚に陥る。章を重ねるごとに會舘への愛着が増し感動が深まっていく。上巻では「灯火管制の下で」と「しあわせな味の記憶」が特に良い。上巻で少しずつ高まっていた感情が下巻でピークに達し涙腺が決壊した。「金環のお祝い」で一度、「煉瓦の壁を背に」でさらにもう一度。

 第四章「グッドモーニング・フィズ」は大東亜戦争終戦間近のバーを舞台にしている。「ブル・ショット」というカクテルを初めて知った。ウォッカコンソメスープを混ぜたこのカクテルは夏は冷たく、冬は温かいまま飲むそうだ。飲んでみたい。もちろん章の題名に使われた「モーニング・フィズ」も。今は「會舘フィズ」と呼ばれているそうな。ジン、フレッシュレモンジュース、シュガーシロップ、ミルクをすばやくシェークするカクテル。昼前の時間にこいつをやりながらクラブハウスサンドをがぶりとやるのも良いかもしれない。ううっ、想像するだけでたまらん。

 第五章「しあわせな味の記憶」に登場した菓子「ガトー」「ガトーアナナ」「プティフール」「パピヨン」どれも食べてみたい。とりあえず東京會舘のオンラインショップで「プティフール」を買ってしまった。