『紙の動物園』(ケン・リュウ:著/古沢嘉通:編・訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
ぼくの母さんは中国人だった。母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動いていた…。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作ほか、地球へと小惑星が迫り来る日々を宇宙船の日本人乗組員が穏やかに回顧するヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」、中国の片隅の村で出会った妖狐の娘と妖怪退治師のぼくとの触れあいを描く「良い狩りを」など、怜悧な知性と優しい眼差しが交差する全15篇を収録した、テッド・チャンに続く現代アメリカSFの新鋭がおくる日本オリジナル短篇集。
【著者略歴】
1976年中華人民共和国甘粛省生まれ。弁護士、プログラマーとしての顔も持つ。2002年、短篇 “Carthaginian Rose” でデビュー。その後も精力的に短篇を発表し、この4月には初となる長篇 The Grace of Kings も刊行された。また、創作以外に、中国SFの英訳紹介もおこなっている。
アメリカSFの新鋭ケン・リュウの短編が処女作を含め以下のとおり15編収められている。
- 紙の動物園
- もののあはれ
- 月へ
- 結縄
- 太平洋横断海底トンネル小史
- 潮汐
- 選抜宇宙種族の本づくり習性
- 心智五行
- どこかまったく別な場所でトナカイの大群が
- 円弧
- 波
- 1ビットのエラー
- 愛のアルゴリズム
- 文字占い師
- 良い狩りを
巻頭の「紙の動物園」はAmazon の Kindle版・無料サンプルで一度読んだことがあるのだが、二度目、三度目と読んだ。それほど私の胸にズシンときた。初回読みの時も泣いたが、今回はさらに泣いた。「親孝行したい時分に親はなし」 子どもは一生親を超えることはできない。子が親を思う心など、親が子を思う心に比べれば遠く及ばない。この作品を読んでそれをひしひしと感じる。もう私の両親はこの世にいない。私は良い息子ではなかった。悔恨の念に煩悶するがゆえの涙が止まらなかった。
「結縄」とは紐や縄などの結び目を用いて情報の記録・伝達や計数・演算を行う原始的な情報媒体のこと。原始的な情報伝達手段と最新コンピュータによるものの対比。そして縄がイメージするDNA情報の神秘。伝統的農業の在来種と遺伝子操作によるF1品種の対比と、文明によって失われていくものへの哀惜の気持ちが良く表れています。
日本人を主人公にしたもの、日本を舞台にしたものもある。それも好意的に書いている。本書に収められた「もののあわれ」は日本の漫画『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし)の影響を受けて書いたものらしい。
著者のルーツが中国にあるということで、当然中国で大人気である。片っ端から中国語に翻訳されているようだが、中には翻訳されていないものもあるという。本書の中では「月へ」と「文字占い師」の二編がそうである。どちらも中国をおよび日本を含めた東アジアの歴史に関わる問題が関係している。著者が11歳のときに両親とともにアメリカに移住したという経歴からして、中国という国を外から客観視できていると見える。反日教育の影響もさほど受けないで移住したのかもしれない。中国は今や世界有数の経済大国で、いずれ世界一になる日も近いだろう。しかしこんなことでは世界の尊敬を集めることはできないだろう。特に「文字占い師」の題材となっている台湾の2・28事件など偏重なしに正しく歴史認識されなければならないだろう。歴史認識の問題に関しては我が国にも歪さがある。学校でも台湾の2・28事件は積極的に教えてこなかったのではないか。台湾の歴史的事件であっても、東アジア、とりわけ日本の歴史認識に関わる重要な事件だけにキチンと教えるべきだろう。そのようなことも考えさせられた一冊であった。
もし私が「SF小説の名作を3冊挙げよ」と問われれば、その一冊に本書を挙げるだろう。すばらしい。