佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『泣き終わったらごはんにしよう』(武内昌美:著/小学館おいしい小説文庫)

『泣き終わったらごはんにしよう』(武内昌美:著/小学館おいしい小説文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

最高の調味料は、“優しさ"と“思いやり"
 中原温人は社会人四年目の少女マンガ編集者。恋人のたんぽぽさんと、美味しい食事をするのが一番の楽しみ。そんな彼が作る料理は、人の心の綻びを癒してくれる。そこには「優しさと思いやり」が詰まっているから――。 心の空腹も満たす美味しい八皿、どうぞ召し上がれ。
●第一話 肉じゃがよりも優しく
ある日突然温人の家を訪れた姉・木の実。仕事のトラブルに落ち込み、号泣している。見かねた温人は、姉に肉じゃがを供する。時間をかけてじっくり煮込んだ、甘く蕩けるような味わいに、木の実は自分を省みるのだった。
●第二話 きのこパスタは戦わない
人気マンガ家・卯月りおんの原稿が上がらないという。編集部に不満を覚え、一方的に絶縁宣言したのだ。助けを求められた元担当の温人は、食材を携え卯月の仕事場に赴く。
●第三話 山形のだしエクスプレス
温人の友人・琉惺は、家柄も外見もパーフェクトなイケメン。そんな彼が、同僚女性に恋をした。だが温人が話を聞くと、琉惺の恋愛ベタが発覚し……。
 登場レシピは卵焼き、ホットチョコレート、卵リゾット、カレー、親子丼など。大切な人に美味しいごはんを作ってあげたくなる。心温まる全八編。

 

泣き終わったらごはんにしよう (小学館文庫)
 

  

「第一回日本おいしい小説大賞」隠し玉だそうで、惜しくも受賞を逃した応募作を改稿して出版されたもののようです。受賞を逃したと言っても6月5日に創刊された小学館文庫の新レーベルを飾る三冊のうちの一冊である。出版社として自信を持ってリリースなさったに違いないのだ。

 主人公の温人(ハルト)は少女マンガ編集男子。料理が得意な厨房男子でもある。その恋人、たんぽぽさんは研究職、いわゆるリケジョである。そんな二人はお互いに運命の人といって良いほど抜群の相性。価値観は共通、双方の家族のみならず職場の同僚にも公認されるほどの仲の良さである。気も馬も息もフィーリングも反りも相性も波長も話もすべて合っている。まさにベストパートナー、運命の恋人である。肌が合っているかどうかまでは分からないが、お互いの住まいも通い合っているのだ、肌が合っていないはずはない。(笑)

 温人が大切な人のために心を込めて作る料理。その料理の調味料は”優しさ”と”思いやり”。心の底から相手を思う心は必ず伝わるし人の心を動かす。真心とはそうしたものだ。

 この小説には悪人が登場しない。皆がお互いを思いやり、真っ当に生きている。人の気持ちが分かるヤツばかりだ。こんな世界は小説の中だけだ。人の世はそんなもんじゃない。きれい事をいうなという人は多いだろう。現にテレビをつければ一日中、俳優H、お笑い芸人Wの浮気報道がかまびすしい。しかし、この作品世界を信じられる人間でいたい。そんなに甘くはないと思いながらもどこかで信じている人でいたい。そう思って何か悪いことがあるだろうか。現実世界が薄汚いからといって、小説世界が汚れていなければならないなんて誰が決めたんだ。良いではないか。どんな状況にあっても人には希望が必要だし、ささやかな幸せが必要だ。そうでなければ生きている意味がない。小説はしばしば「そうあって欲しい夢」を見させてくれる。だから私は小説を好んで読むのだ。