佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『生きるとか死ぬとか父親とか』(ジェーン・スー:著/新潮文庫)

2021/03/27

『生きるとか死ぬとか父親とか』(ジェーン・スー:著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

 

いずれ後悔しないために、私は父について書こうと決めた――
誰もが家族を思い出す、父と娘のリアルストーリー。

母を亡くして約二十年。私にとって七十代の父はただ一人の肉親だ。だが私は父のことを何も知らない。そこで私は、父について書こうと決めた。母との馴れ初め、戦時中の体験、事業の成功と失敗。人たらしの父に振り回されつつ、見えてきた父という人、呼び起される記憶。そして私は目を背けてきた事実に向き合うーー。誰もが家族を思い浮かべずにはいられない、愛憎混じる、父と娘の本当の物語。

 

生きるとか死ぬとか父親とか (新潮文庫)

生きるとか死ぬとか父親とか (新潮文庫)

 

 

 

「お父さんなんて、嫌いだっ!」と娘は思っているだろう。きっとそうだ。ひょっとしたら「嫌い」の前に「大」が付くかもしれない。でも一方で「好き」でいてくれるに違いない。知らんけど。そう思いたい。そう思わせてくれ。

 ジェーン・スーさんは、彼女の父親のダメなところ、狡いところ、娘として視たくはない男の部分を見つめつつ、それでもまともに父親と向き合っている。なかなか出来ないことだろうと思う。アラフィフとなられ、いつまでも子どもではなく父親を超えたからこそ出来ることなのかもしれない。

 読んでいてスーさんの複雑な心の襞がしみじみ伝わってきた。父親に対する突き放したようなもの言い、ドライな態度は彼女の優しさ、いたわりだろう。年老いていく父親に優しいまなざしを投げかけながら、鋭いツッコミを入れるところは「私にこんなことをさせないで、いつまでも強くいてよ、まったくもう! なんてざまなの!」と舌打ちする彼女が目に浮かぶ。できれば彼女は今もお父さんの子どものままでいたいのだろう。スーさんは自分が大人になるにつれ、子どもの頃はスゴイ存在であった父がだんだん等身大になり、そのうち欠点が見えてきて、ただの男であったという事実に戸惑ったのだ。彼女が父に対し持つ「私に超えさせるんじゃないわよ」という気持ちが切なくてなんとも温かい。

 親と子の関係は微妙で難しい。曖昧なようで密接。密接なくせに、厚い壁やら深い溝があったりする。ややこしく訳がわからないのだ。それも父と娘となれば、その様相はさらに混沌の度合いを増す。男と女は別の生きものほど違うのだから。たとえ血が繋がっていようとそれは変わらない。「血が繋がっているのだからわかり合えるはずだ」などと変に肩に力が入ってしまうと、さらにその関係はややこしくなるばかりだ。ややこしくしたくなければお互いが微妙な距離とパワーバランスを保つ配慮をしなければならない。いっそ絶縁してしまえばさっぱりするのだろうが、それでは寂しい。家族とはそうしたものだ。何かを得たければ何かを捨てるのが道理。しかし人は何かを得ることに執着するくせに、何も捨てたがらない。厄介極まりない生きものである。漱石じゃないが、本を読みながら考えた。智に働けば薄情だ。情に掉させば抜き差しならぬ。意地を通せば険悪だ。とかくに親子はややこしい。

 私にも娘がいる。もう結婚しており、別に暮らすようになってからかれこれ5年近く経つ。娘が私のことをどう思っているのか気になるところだ。彼女に私の子どもである部分がどれくらい残っているのか。還暦を過ぎて年老いていく私をどう見ているのか。今でも少しは怖い存在なのだろうか。たまには会いたいと思うことがあるのだろうか。うざいと思ってはいないだろうか。まだ私は経済的に自立しているので、娘はジェーン・スーさんがお父上に対するほどは私に優しくしてくれない。昨年、仕事を辞めた私に対して、そのうち「お小遣いは足りているの」ぐらいのことは訊いてくれるのだろうか、どうだろう。そんなことである。

 娘も小学生低学年ぐらいまでは、いつも私にまとわりついて離れなかったものだ。しかし娘がだんだん成長し自立していく過程で、娘の中にひとつの人格が確立されていくにつれ少しずつ距離をとっていった。私も距離をとろうとしていったように思うし、娘の方からもそうだったろう。もちろんかわいい子供であることに変わりは無く、もっと寄り添っていたいと思ってはいたが、ヤマアラシのジレンマというやつである。離れすぎると相手の体温が感じられない。近づきすぎると相手の針が痛い、自分の針が相手を傷つけてしまうのが怖い。お互いちょうど居心地の良い距離を探っていたように思う。娘のことで私が知らないことが増えていく。見えなくなって空いてしまった部分は、私の中でそうあって欲しい娘像で埋めていく。ひょっとしたら私が知っていると思っている娘は、現実の娘とはかけ離れてしまっているのかもしれない。逆に娘から視た私はというと、子どものうちはなんだか訳のわからない存在でありながらも信頼しきった存在であったのが、大人になるにつれて化けの皮が剥がれてゆき、俗っぽく欠点だらけの姿に変わっていったのではないか。父親として視ていた私を、冷めた目で一個の人間として、あるいは男として視たときに、どう思っただろう。そこはあまり考えたくない。

 もう少し月日が経ち、体力的に、あるいは経済的に、娘が(あるいは息子が)我々夫婦を追い越したと感じたとき、親子の関係はどんなふうに変わるのだろう。楽しみなような、そうではないような。なんだかんだ言っても、子どもたちが我々夫婦の子どもであることは変えようがない。憎ったらしかろうが、うざかろうが、それは諦めてもらうしかない。そして私もつれ合いもそう簡単にはくたばるつもりはない。息子よ、娘よ、覚悟しておくがいい。