2021/05/11
まずは出版社の紹介文を引きます。
傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった――。
2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は、認知症の母とその母を介護する姉の生活を支えようと、犯罪まがいの仕事をしていた。ある日和正は、コンビニで、ガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正はすぐに魅了された。その直後、和正はさらにギャラのいい窃盗団の運転手役の仕事を依頼され、金のために引き受けることに。そして多聞を同行させると仕事はうまくいき、多聞は和正の「守り神」になった。だが、多聞はいつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか……
犬を愛するすべての人に捧げる感涙作!
馳星周氏の小説は本作が初読みです。2020年上半期(第163回)直木賞受賞作であり、しかも犬が登場する物語ということで、大いに期待して読んだ。
やはり犬の物語はイイ。すごくイイ。
この小説の主人公は犬です。謎の目的を持って釜石から南へ、そして西へと旅していく。その旅の途中で飢え、傷つき、一時的に出会った人間に身を寄せる。
馳氏はその犬を擬人化することなく、賢く、忠実で、誇り高い、そのうえ飼い主に寄り添う包容力すらある犬を描ききった。
六つの物語でこの犬の釜石から熊本までの冒険を垣間見ることが出来たが、ほんとうはその裏にも様々な冒険があったのだろう。犬は語る言葉を持たない。我々はその冒険を、その冒険の過酷さをだた想像するしかない。この物語を一気に読み終えたが、代わりに物語の空白をあれこれ想像し余韻を味わった。