佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『子規の音』(森まゆみ:著/新潮文庫)

2021/07/19

『子規の音』(森まゆみ:著/新潮文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

松山から上京、東北旅行、日清戦争従軍、三陸津波、病床生活――
正岡子規の人生と明治の世相が見えてくるユニークな評伝。

【登場する人物】
夏目漱石 森鷗外 坪内逍遥 幸田露伴 高浜虚子 寒川鼠骨 内藤鳴雪 五百木飄亭 河東碧梧桐 新海非風 佐藤紅緑 柳原極堂 伊藤左千夫 陸羯南 秋山真之 浅井忠 中村不折 長塚節

鮮やかな薔薇の色と匂い、棘のしなやかな痛さ、しっとりした雨の匂いや降り続く雨音など、視覚、触覚、嗅覚、聴覚のすべてが動員されている。動くことのできない子規はそうした五感を極限まで鍛え上げた。(「はじめに」より)

三十五年という短い生涯ながら、明治期、俳句に短歌に果敢な革新運動をしたと評される正岡子規
彼が詠った詩句のなにげない情景は、いまなお読む者の五感を喚起する。
松山から上京、神田、本郷、上野、根岸と東京を転々としたのち、
東北旅行、日清戦争の取材を経て、
晩年の十年を病に苦しみつつ「根アカ」に過ごした全生涯を、
日常を描いた折々の句や歌とともにたどる正岡子規伝。

 

 

 

 子規の評伝については過去に小説で追いかけたことがある。伊集院静氏の小説『ノボさん』がそれだ。司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』を読んでも、それほど好きになれなかった子規の印象が『ノボさん』でずいぶん変わった記憶がある。

 本書は子規の生涯を今に残る様々な資料を森まゆみ氏が丹念にあたり、実際に足跡を辿るなどして時系列に整理したもの。特にその折々に子規が詠んだ和歌、俳句をふんだんに盛り込んで、もし私が子規に心酔する者であればさぞかしといった作品になっている。残念ながら私はそこまでではない。歌や句の素養も無い。それでも子規が、それこそ等身大で蘇るような記録に仕上がっており興味深く読んだ。

 興味深かったのは子規が喀血した後になお芭蕉の後を追いかけ東北へ長旅に出かけたこと、また日清戦争にも従軍したことだ。子規にとって心がさわぐことが第一であって、身体のことその他の身の回りのことは二の次なのだろう。三十路にあって未だ少年の心、すなわちあそびがある。未熟というのではない。価値観が違うのだろう。

 日清戦争従軍で体調が悪化し神戸須磨で療養の後、松山の漱石の下宿「愚陀仏庵」にころがりこんで好き放題するくだりが微笑ましい。下宿に子規の松山の友人弟子が毎日のように訪ねてきて句会をやる。昼になると好物の鰻を取り寄せてぴちゃぴちゃと音をさせて食う。松山を発つときには「君払って呉れ玉え」と言い、しかも十円かそこらを借りて澄ましている。その十円も帰りに奈良によって使い果たしてしまった。子規にとって漱石が心底心を許せる友であったことをうかがい知ることができるエピソードだ。

 このエピソードについては漱石の文があり、青空文庫で読むことが出来るのでリンクを張っておく。

www.aozora.gr.jp

 

 本書を読み終えた今、私の心はみちのくの路にある。今日はことさら暑い。子規が東北へ旅立った明治26年の夏も暑かったろうか。

  「みちのくへ涼みに行くや下駄はいて」

 コロナ禍で延び延びになっているみちのくへの旅に出てみようか。お盆を過ぎた頃が良いであろうか。私が行くならさしずめ自転車旅だ。

  「みちのくへ涼みに行くやペダルふみ」ってなところかな。

 

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