2021/08/07
『昨日がなければ明日もない』(宮部みゆき:著/文春文庫)を読んだ。
昨日、出かけたときに本を鞄に入れるのを忘れてしまい、慌ててコンビニに駆け込んで置いてあった少ない選択肢の中から選んだ本である。活字中毒なのだ。本を持っていなければ、時間が空いたときに禁断症状が出るのだ。シリーズものであることも確認せず、慌てて買ったのだ。禁断症状が出かけていたのだ。活字中毒はこのところどんどん酷くなってきている。もう治療によって軽快するレベルではない。もはやブツを手に入れ、読み続けるしか生きる道はないのだ。だからといって不幸ではない。ブツさえ切らさなければ天国に行ける。幸せである。それでいいのだ。
出版社の紹介文を引く。
「宮部みゆき流ハードボイルド」杉村三郎シリーズ第5弾。
中篇3本からなる本書のテーマは、「杉村vs.〝ちょっと困った〟女たち」。
自殺未遂をし消息を絶った主婦、訳ありの家庭の訳ありの新婦、自己中なシングルマザーを相手に、杉村が奮闘します。【 収録作品】
「絶対零度」……杉村探偵事務所の10人目の依頼人は、50代半ばの品のいいご婦人だった。一昨年結婚した27歳の娘・優美が、自殺未遂をして入院ししてしまい、1ヵ月以上も面会ができまいままで、メールも繋がらないのだという。杉村は、陰惨な事件が起きていたことを突き止めるが……。「華燭」……杉村は近所に住む小崎さんから、姪の結婚式に出席してほしいと頼まれる。小崎さんは妹(姪の母親)と絶縁していて欠席するため、中学2年生の娘・加奈に付き添ってほしいというわけだ。会場で杉村は、思わぬ事態に遭遇する……。
「昨日がなければ明日もない」……事務所兼自宅の大家である竹中家の関係で、29歳の朽田美姫からの相談を受けることになった。「子供の命がかかっている」問題だという。美姫は16歳で最初の子(女の子)を産み、別の男性との間に6歳の男の子がいて、しかも今は、別の〝彼〟と一緒に暮らしているという奔放な女性であった……。
イイ! かなりイイ!
地道に調査を進める誠実な探偵・杉村三郎。手付金も5千円という良心的な料金設定。というより破格だろう。良いではないか。
マッチョではない。気障なところもええかっこしいなところもない。
天才的な推理力があるわけではない。できることは限られているかもしれず、どこまでできるか分からない男ではある。しかしけっしてしないであろうことは分かる。弱い者を踏みつけにするようなこと、人の好意につけ込むようなこと、たとえ人に見られていなくても自分の心に疚しいことはしない。おそらくそうだ。
そんな普通でお人好しの探偵は涙もろく、人の心に寄り添える優しさも持っている。たとえばお世話になっている大家さんの小学校に入学したばかりの孫が自分の背丈に余るランドセルを担いでいる姿を見て涙ぐんでいる。探偵業でさほど稼ぎがあるわけではないが、離婚して親権を妻に譲った娘への養育費は切らさず払っている。別れた妻はコンツェルン経営者の一人娘であり、離婚原因は妻に責めがあるにもかかわらずである。養育費はそれが必要だから払うんじゃない。払いたいから払う。そういう男だ。
規範に従って生きる姿は立派なハードボイルドだ。クールじゃないけれど、優男だけれど素敵なキャラクターだ。これは既刊のシリーズをすべて読んでみなければなるまい。さっそくamazonで購入ボタンをポチッと押した。
普通で心優しい探偵といえば、マイクル・Z・リューインのアルバート・サムスン・シリーズがある。第3作『内なる敵』まで読んで以来、しばらく続編を読んでいない。シリーズ第4作以降も購入済みで早く手に取ってくれと本棚に並んでいる。第4作『沈黙のセールスマン』も読んでみるか。
読みたいシリーズがありすぎて、うれしいやら弱ったやら。