佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『沈黙のセールスマン ”THE SILENT SALESMAN"』(マイクル・Z・リューイン:著/石田善彦:訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)

2021/08/10

『沈黙のセールスマン ”THE SILENT SALESMAN"』(マイクル・Z・リューイン:著/石田善彦:訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

 半年も入院したまま、面会謝絶で安否もわからない弟の様子を調べて。依頼人の女性は憔悴しきっていた。製薬会社でセールスマンとして働く弟が、会社の研究所で爆発事故にあい、以来、社の管理下にあるという。なぜセールス部門の者が研究所内の事故に? 不審に思ったわたしは、ガードの堅い会社側に揺さぶりをかける―

 十数年ぶりに再会した実の娘とともに謎を追う知性派探偵サムスン。シリーズの人気を決定づけた傑作。

 

 

 

 好きだなぁ、心優しき知性派探偵アルバート・サムスン。本作はシリーズ第4作。名作の呼び声が高い作品です。

 あいかわらず仕事が少なく金に困っており、手持ちの非常時資金の残高を勘定するところから物語は始まる。ついに調査料金2割引の新聞広告を打つ。ええかっこしいにはけっしてできない行動だ。新聞広告を見た母親にも「恥さらしだね」と言われてしまう始末だ。情けないではないか。それでもなんとか一件だけ新聞広告を見た調査申込みがあった。

 そんな時、離婚後、妻に親権が渡り12年間顔を合わせていない娘が訪ねてくる。別れた妻の再婚により裕福に暮らしている娘である。娘に経済的に苦しいところをあまり見せたくないところだろうが、娘は予想より早く来て、鍵のかからない探偵事務所で待っていた。父の質素な暮らしぶりを見ても気にするそぶりも見せず、寝袋を持ってきたのでここでパパと暮らすという。そしてパパの仕事を手伝いたいとも。サムスンはそんな娘のために、娘を探偵の助手にする手続きをして本物の私立探偵の身分証明書を用意する。今の自分が娘にしてやれる精一杯で特別な唯一のプレゼントだ。そんなふうに父と娘はお互いを思いやりながら、娘は父が気まずい思いをしないよう気づかいつつ、父の仕事ぶりに尊敬できるところを見つけたいと思い、父は娘の身の安全を心配しながら一緒に調査を進めていく。まるで12年間の二人の距離を埋めるように。このあたりの描写がたまらない。娘を持つ私なんぞおもわず泣いてしまいそうになる。

 調査対象の半年もの間隔離され家族ですら一切面会謝絶の男の謎については、コツコツを調査を積み上げ、時には仮説が間違っていたことが判り方針変更したりしながら、少しずつ核心に迫っていく。あいかわらず天才的な推理やひらめきがあるわけではなく、あくまで誠実に調査を進めていく。ただ時には、目的を達成するために不法侵入をやってしまうところはいつものサムスンだ。荒事を好まず拳銃を持ち歩かないサムスンも、大詰めでは殺されそうになり、拳銃を撃ってしまう。なぜ拳銃を持ち歩いていないのに撃つことができたのか。そのあたりをここで語るわけにはいかない。

 今回の調査では核心に迫る一歩手前で警察上層部から調査を制止される。それでもサムスンは調査を継続する。そのあたりの心もちや理由については必ずしも明らかでないが、私は彼が「娘に誇れる自分」でいたかったのではないかと思っている。もうひとつ入院中の妻が不憫であったことも重要な動機だろう。弱い者が強い者に蹂躙されることを放っておけない男なのだ。「なりたくない自分にはならない」というサムスンの矜持。見た目には頼りなく冴えない探偵だが、内には気高い心を秘めている。カッコイイではないか。

 さて、続編シリーズ第5作は『消えた女』である。絶版になっているが、いつでも読めるように本棚に置いてある。9年前に古書で買い集めたものだ。アルバート・サムスン・シリーズだけでなく、リーロイ・パウダー警部補シリーズも含めて買いそろえている。「長い間、放っておいてゴメン、ゴメン」と詫びながら読み始めよう。そういえば宮部みゆき氏がこのシリーズにインスパイアされて書かれた杉村三郎シリーズも買いそろえ始めた。そちらも読まねばなるまい。あぁ、読むべき本がどんどん増えていく。読んでも読んでも減らない。長生きするしかない。読まずに死ぬわけにはいかない。

 

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