佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『ラスト・トライアル』(ロバート・ベイリー:著/吉野弘人:訳/小学館文庫)

2021/09/08

『ラスト・トライアル』(ロバート・ベイリー:著/吉野弘人:訳/小学館文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

突然の事故で父親を失った相棒リックが一時的に「マクマートリー&ドレイク法律事務所」を離れ、一人で弁護士業務を請け負うことになったトム。そんな最中、事務所に一人の少女が現れ、殺人事件の容疑者として逮捕された母親の弁護をトムに依頼する。被害者はトムとリックにとって宿敵の男。そして容疑をかけられた母親は、あの因縁の人物だった‐‐。自身に忍び寄る「影」に不安を抱きながら、「まさか」の男たちを相手に、誰が見ても負けと思われる「最後の裁判」に挑むトム。彼と、彼を全力で支える者たち、そして全力で立ち向かう者たちを描く、大好評胸アツ法廷シリーズ、待望の第3弾!

 

 

 

 出色の法廷もの。デビュー作にしてシリーズ第1弾『ザ・プロフェッサー』を昨年の四月に読み、七月にはシリーズ第2弾『黒と白のはざま』を読んだ。出版社の触れ込み「激アツ法廷エンタメ」に偽りはない。絶体絶命、もうどうにもならないのかと読者をハラハラさせながら、不撓不屈の精神で事件の真相解明に繋がる糸口を見つけ出し、最後の最後に大逆転劇を見せてくれる。主人公たちヒーローの活躍もあるが、事件解決の裏に必ずあるのは人間の善なるもの。極悪非道のヒールの対極に、市井の力を持たない人ながら、正義の心を内に秘めた者がいる。痛めつけられ、場合によっては命の危険すら感じながらも、なけなしの勇気を振り絞って自らの心に恥じることのない行動を起こす。そして最後に正義が勝つ。心地よい約束事だ。わかりきった展開といえばそのとおりだが、良いではないか。とかくこの世はままならぬもの。せめて小説の世界ではそうあってほしいではないか。

 負けじ魂の熱い小説であるところは、例えば次のような場面に出ている。いかにもアメリカらしいところもお気に入りの場面である。P278~P279の一節を引く。

「勝てないと思った事件を引き受けたことはあるか?」とトムは訊き、視線を水面に向けた。

「いいえ」とボーは言った。その声音は温かかった。「ですが、引き受けたあとに勝てそうもないことから撤退したいと思ったケースはいくつかあります」

「撤退したのか?」

「いいえ」とボーは言った。その口調からはユーモラスな雰囲気は消えていた。「おれはある人物から人生というゲームについて学びました。その人はあなたが学んだのと同じ人物で、あのスタジアムに、その名前をつけられた人です」ボーは川の向こうを指さした。トムには見えなかったが、ジャック・ワーナー・パークウェイの灯りの向こうに、大学のキャンパスと、さらにその向こうに、アメリカン・フットボールチームのコーチ、ポール・”ベア”・ブライアントにちなんで名前をつけられたブライアント_デニー・スタジアムがあることを知っていた。「おれたちはあきらめない」とボーは続けた。「絶対に。負けるのはかまわない。だが、あきらめてはならない」

 自らも名門アラバマ大学アメリカン・フットボール部”クリムゾンタイド”でプレーし、チームを全米チャンピオンに導いた名プレーヤーであり、大学卒業10年後には”クリムゾンタイド”のヘッドコーチに就任してチームを6回全米チャンピオンに導いたポール・ウィリアム・”ベア” ・ブライアントが登場するエピソードだ。このシリーズにはこうした記述がしばしば出てくるが、もう一つ心にしみる言葉の場面があるので引いておきたい。トムがボーを伴い亡き妻ジェリーと飼っていたブルドッグのムッソの墓を訪れる場面である。

「ここに埋めてほしい」彼はそう言うと、深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。「ここ数年、彼女のことが恋しくてならないんだ。死んだら、彼女のすぐそばにいたい」

 ボーセフィス・オルリウス・ヘインズは涙を拭い、優しく言った。「わかりました、教授。ですがおれはドクター・デイビスに賭けているんでね。あなたはもうしばらくは生き延びますよ。膀胱癌をやっつけたときのように、今度のやつも打ち負かすだろうってね」

「ボー、今度は今までとは違うんだ。今度ばかりは勝つのは無理だ」

 ボーは右に向かって二、三歩進むと、ムッソの墓に手を置いた。話し出した声は感極まって震えていた。「知っていると思いますが、ブライアント・コーチは勝利について多くのことを話してくれました。ですが、おれの一番好きなのは、敗北について言っていたことです。今でも覚えています」 ボーの唇は震えていた。「謙虚な心を持って勝つことも重要だが、敗れることもまた重要だと言っていました。コーチは敗れることを誰よりも嫌っていました。ですが、もし敗れなければ勝ったときにどう行動すべきか知ることはないとも言っていました」 ボーは涙を拭い、トムを見た。

「勝ったときは謙虚に、敗れたときも謙虚に」 トムは囁くように言った。「威厳を持って生き・・・・・・威厳を持って死ぬ」

 ボーは頷いた。

 シビれますねぇ。けだし名言。

 本シリーズの主人公トーマス(トム)・ジャクソン・マクマートリーは肺癌で余命半年との宣告をうけているのだが、著者ロバート・ベイリーはあとがきに「安心してほしい。教授は戻ってくる」と書いている。教授とはもちろん法廷弁護士にして元アラバマロースクールの教授トーマス・ジャクソン・マクマートリーのことである。どうやらシリーズは四部作となるらしい。巻末の池上冬樹氏の解説によると、シリーズ第四作”The Final Reckoning”は既に刊行されているとのこと。小学館さんには早く翻訳版の出版をお願いしたい。

 

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