佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『ただの眠りを ”ONLY TO SLEEP"』(ローレンス・オズボーン:著/田口俊樹:訳/HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS 1951)

2021/09/11

 

『ただの眠りを ”ONLY TO SLEEP"』(ローレンス・オズボーン:著/田口俊樹:訳)を読んだ。ハヤカワ・ポケット・ミステリのNo.1951である。

 まずは出版社の紹介文を引く。

フィリップ・マーロウ、72歳。私立探偵は十年前に引退して、今はメキシコで隠居の身。ホテルのテラスでマルガリータを啜り、カード遊びで時間を潰す毎日だ。しかしそんなマーロウに久しぶりの依頼が。溺死したとされる不動産業者が実際に事故で死んだのか確かめてほしいという。保険会社は偽装を疑っていた。マーロウは男の足跡を追い、カリフォルニアとメキシコを行き来する。やがて男の妻、美しいドロレスと出会い――。異色の作家がチャンドラーに捧げて描く、杖を突きながら異国の地を行く、老境のマーロウ!

 

 

 私立探偵フィリップ・マーロウが主人公のミステリとして最新のものである。もちろん著者はチャンドラーではない。チャンドラーは1959年に没している。1959年といえば私が生まれた年。かれこれ62年も遠い昔のことだ。本書を著したローレンス・オズボーンはイギリスの作家で、現在はバンコク在住と聞く。残念ながら私は氏の小説を読んだことはない。本書を除いて邦訳されていないのではないだろうか。

 たまたまインターネット上に公開されていた本書の評を読み、主人公が72歳のフィリップ・マーロウだと知って強く興味を惹かれたのだ。マーロウが活躍するチャンドラーの長編はすべて読んでいる。短編もほぼ読んでいる・・・と思う。チャンドラーが第4章まで書いた未完作をロバート・B・パーカーがチャンドラーの遺族の承諾を得て完成させた『プードル・スプリングス物語』も読んだ。本書の存在を知ったからには読まずにいられないではないか。さっそく図書館に走り、借りて一気に読んだ。

 ちなみに訳者あとがきによると、チャンドラーの没後に書かれたマーロウものは本書と『プードル・スプリングス物語』の他にもう2冊あるらしい。『夢を見るかもしれない』(ロバート・B・パーカー:著、文庫は『おそらくは夢を』に改題)と『黒い瞳のブロンド』(ベンジャミン・ブラック:著) 知らなかった。それらも読んでおくべきだった。

 さて、本書のマーロウはどうであったか。相変わらずカッコイイ・・・と言えなくもない。しかしヴィヴィッドなセクシーさは感じられない。あたりまえである。なにせ72歳なのだ。しかしある種危険なオーラは未だ消えていない。余計なことに首を突っ込んで危険な目に遭うのは相変わらずだ。安全におとなしくしていれば良いのに、懲りないジジイである。色気も残っていなくもない。そう今作でもヒロインは危険な匂いをまとうとびっきりの美女だが、彼女にけっこう惑わされている。バーでギムレットを飲む姿も決まっている。しかしたまに酒が過ぎて酒場のウェイターにホテルの部屋まで送りとどけられることもある。カワイイといえなくもないし、個人的にはシンパシーを抱くが、マーロウも老いたものである。

 マーロウの老いは体力の衰えと裏腹に、内面世界の深みを増したようだ。それはたとえば日本文化への傾倒ぶりからもうかがえる。銃の代わりに日本刀を仕込んだ杖を持つ。生け花に対する造詣があり、好みのウィスキーは「マルスシングル・モルト」、盃を捧げて「カンパイ」と発声する。

 マーロウにはこのあともカッコ良く生き、カッコ良く死んでほしいものである。もうこれより年老いたマーロウは小説にはならないだろう。そんなことはしないでほしい。カッコ悪いマーロウは見たくない。老兵は死なず、ただ消えゆくのみ。

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