佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『裏切りの街』(ポール・ケイン:著/村田勝彦:訳/河出文庫)

2022/01/13

『裏切りの街』(ポール・ケイン:著/村田勝彦:訳/河出文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

ロサンジェルスにやってきた、流れ者のジェリー・ケルズは、ある組織のボスに呼ばれ、賭博船の用心棒になってくれと頼まれる…。“不況と混乱の時代”、“ギャング・エイジ”と呼ばれる30年代のロサンジェルスで、政界とつながる組織の陰謀にまきこまれる主人公は、したたかにハードに、反撃にでる。チャンドラーが“超ハードボイルド”と評し、ビル・プロンジーニジョー・ゴアズも“『裏切りの街』はまさにハードボイルドだ”と絶賛した極めつきの名作。ポール・ケイン唯一の長篇。

 

 

 

 ハードボイルドが好きでこれまでたくさんの作品を読んできた。そのうえでチャンドラーが”超ハードボイルド”と評したという本書にたどり着いた。なるほどハードボイルドとはこういうものなのだと改めて認識する思いである。

 唐突だが蕎麦を食うとき、蕎麦本来の味を味わうために薬味もつゆも使わずに2~3本すすってみることがある。何ものにも邪魔をされず、鼻に抜ける香りと食感を楽しむことが出来る。しかしこれはその蕎麦がどのようなものかを吟味しているに過ぎず、おいしい食べ方ではない。次にほんの少し塩をつけて食べてみる。そうすると蕎麦のもつ甘みが引き立ち、風味が良く味わえる。しかしこれも一番おいしい食べ方ではない。その蕎麦を良く知るための作法というものだ。

 転じて本書を読んだ感想を例えるなら、極上の手打ちそばをほんの少しの塩で賞味することに似ている。本書はまさにハードボイルドそのものだ。余計なものを足さず混ぜず暴力的なシーンが淡々と描かれていく。その場面はそれこそクリアなイメージとして読者の脳に像を結ぶ。めまぐるしく展開するクライム・シーンは”冷酷”とか”非情”といった印象を与える。しかし読み終えてみれば主人公の持つ核の部分が硬くはあるがけっして冷めておらず、寧ろ熱いものであることがわかる。この物語のおいしさはわかった。しかしつゆと薬味があればもっとおいしかっただろうなぁというのが偽らざる感想だ。