佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『居酒屋志願』(内海隆一郎:著/小学館文庫)

2022/01/16

『居酒屋志願』(内海隆一郎:著/小学館文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

会社の開発中枢にいる若者が突然提出した辞表に、他社の引き抜きかと疑う上司や同僚。しかし彼が友人や家族にまで隠した退職の理由は、脱サラで「居酒屋」になることだった。少年時代からの夢を居酒屋の老亭主との出会いをきっかけに実行しただけなのだが、憶測が憶測を呼び、信頼していた友も恋人も彼の元を去っていく…。表題作「居酒屋志願」をはじめありふれた日常風景の中から、著者ならではの温かな視線で人間の本質を掘り下げ、紡がれた物語は読む人の心を癒す珠玉の傑作短編集。

 

 

 

 よく行く町で居酒屋への道すがらぶらり立ち寄った古本屋でたまたま手に取った本。表題に惹かれたのである。内海隆一郎氏の作品は初読み。不覚にもお名前すら知らなかった。

 読んでみて、おだやかで飾り気がなく読みやすい文体、読後感の良さにうなった。読後感からまさに”ハートウォーミング”あるいは”癒し”という言葉が連想される。それこそ今の社会が求めてやまないものだろう。

 本書に収められた短編すべてが「市井の人びとの日常を描いた人情話」と言える。作者が登場人物に注ぐまなざしは温かい。そう、けっして”熱い”ではなく、あくまで”温かい”のだ。胸の奥がじんわり温まり、時には目頭がツンとするが、涙がこぼれ落ちるほどではない。そのあたりの塩梅が素晴らしい。センスを感じる。

 ぜひ他の作品も読みたい。まずは本書に近いのではないかと思われる『人びとの忘れもの』(筑摩書房)から。そして1969年下期芥川賞候補となった『蟹の町』、1992年上期直木賞候補作『人びとの光景』、1992年下期直木賞候補『風の渡る町』、1993年下期直木賞候補『鮭を見に』、1995年上期直木賞候補『百面相』は押さえておきたい。