佐々陽太朗の日記

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『あと十五秒で死ぬ』(榊林銘:著/東京創元社 ミステリフロンティア)

2022/07/09

『あと十五秒で死ぬ』(榊林銘:著/東京創元社 ミステリフロンティア)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

死神から与えられた余命十五秒をどう使えば、「私」は自分を撃った犯人を告発し、かつ反撃できるのか?被害者と犯人の一風変わった攻防を描く、第十二回ミステリーズ!新人賞佳作「十五秒」。犯人当てドラマの最終回、エンディング間際で登場人物が前触れもなく急死した。もう展開はわかりきっているとテレビの前を離れていた十五秒の間に、一体何が起こったのか?過去のエピソードを手がかりに当ててみろと、姉から挑まれた弟の推理を描く「このあと衝撃の結末が」。“十五秒後に死ぬ”というトリッキーな状況設定で起きる四つの事件の真相を、あなたは見破れるか?期待の新鋭が贈る、デビュー作品集。

 本作は榊林銘氏のデビュー作であり、四篇のミステリーからなっている。四篇ともに「十五秒」がキーワードとなっているところが共通しているのだが、そのすべてが読者をして「そんなバカな!!」と言わしめるほどの想定外の驚きをもってエンディングを迎える代物である。荒唐無稽な話ではある。しかし「そんなバカな!!」という言葉に込められるのは、けっして荒唐無稽な物語への非難ではない。己の想像をはるかに超えていた謎が物語に込められていたことの「歓びのしてやられた感」に呈された讃辞と言えよう。

【ここからネタバレ注意】

 四篇のうち特に秀逸なのは『十五秒』。これはヒロインが自分の身体を背中から胸へと貫通した銃弾が目の前に止まって見えているという衝撃的シーンから始まる。頭の中でそのシーンが画としてハッキリと像を結び、当然のことながら「何が起こった?」「何故?」という疑問が読者を捉え、そこにいきなり二本足で立つ大きな猫が現れる。その猫は死神でお迎えに来たという。そこからはじまる意外な展開の連続にページを捲る手が止まらなくなるのだ。

 落語に『死神』という演目がある。借金で首が回らなくなった男が死神に出会い、病人が治るか寿命が尽きるかの見分け方を教わる。名医のふりをして大もうけしたうえ、死神を出し抜いてやろうとするが・・・という話である。

 この小説『十五秒』も落語『死神』も「そんなバカな!」という話であるが、その奇想天外ぶり、展開の意外性、そしてなによりも物語としての面白さに傑出している。

 『十五秒』で自分があと十五秒で死ぬことを理解したヒロインは、まずは自分を撃った者がだれかを確認し、然る後にその犯人に一泡吹かせてやろうと決意する。たかが十五秒で何が出来よう、私はそう思った。しかしここで作者は特別の装置を用意した。なんと死神が用意した十五秒はストップウォッチのように何度も止めることが出来るのだ。アメリカンフットボールで残り時間僅かになったときに、ボールを持ってフィールドの外に出たり、タイムアウトをとったりして時計を止めるあれである。ヒロインはまず自分を撃った犯人が誰かを確認し、部屋の様子を見て取ってすぐ時計を止める。そして次の戦略戦術を練る。そしてまた次の行動に移るべく時計を動かすということを小刻みにやっていくのだ。たった十五秒しかないタイムリミットの緊張感が迫力を持って読者にも迫る。

 私の中で忘れられないミステリーのひとつになりました。ミステリー界の大御所をはじめ、レビュアーが激賞するのも宜なるかな

 二篇目は『このあと衝撃の結末が』。TVドラマの最終回を視ていて、十五秒、目を離した間に思いも寄らぬエンディングを迎えたことに納得出来ない男子中学生が再検証するという話。『十五秒』を読んだ後では緊張感に欠ける話ながら、最後まで読んでみるとなかなか凝った内容。

 三編目は『不眠症』。十五秒間の悪夢に苛まれる娘とその母親を巡る謎に迫るミステリー。時をテーマとしたSFが好物の私として好みの小説でした。

 四篇目は『首が取れても死なない僕らの首無殺人事件』。首の着脱が十五秒間だけ可能な人々が住む島で起こった首なし殺人事件ってなんやねん。そんなアホなってなもんです。いくらなんでもリアリティーがなさ過ぎて・・・と引き気味だった気分が読み進めるにつれて意外な真実が次々と明らかになり、最後まで読んだ気分は「してやられた」という満足感でした。

 デビュー作でこれほどの質を見せつけられては、次作への期待は高まるばかり。今後要チェックの作家さんの登場である。