佐々陽太朗の日記

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『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎:著/講談社現代新書)

2022/08/07

『私とは何か 「個人」から「文人」へ』(平野啓一郎:著/講談社現代新書)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

 小説と格闘する中で生まれたまったく新しい人間観! 嫌いな自分を肯定するには? 自分らしさはどう生まれるのか? 他者と自分の距離の取り方―。恋愛・職場・家族…人間関係に悩むすべての人へ。小説と格闘する中で生まれた、目からウロコの人間観!
<本当の自分>はひとつじゃない!分割不可能な個人として生きるから苦しくなる。これからは分人だ!作家・平野啓一郎が考える新しい人間理解のすすめ。

 

 

 平野啓一郎氏を先日『ある男』という小説で初めて読んだ。その時、小説が問いかけてきたのは「アイデンティティー」とは何か、「愛」とは何かということ。その答えにたどり着きたくて、平野氏はそれについてどう考えていらっしゃるのかを知るべく本書を手に取った。

 平野氏の論旨を正確に理解できたかどうか、些か心許ないが自分なりには以下のように理解した。

 世の中の人、ほぼ全員が人間の基本単位を「個人」("individual”=不可分)と考えている。個人が最小単位だとすると、人はそれ以上分けられない。顔、身体は一つ。人格もまた然り。そうするとある特定の個人に着目したとして、その人が会社での仕事中、恋人と一緒にいる時、家族と一緒にいる時、SNSに何かを発信する時、いろいろな顔があるのはいったいどういうことか? 大方の説明は「それは表面的にいろいろな顔(”仮面(ペルソナ)””キャラ”を使い分けているだけで、”本当の自分”は一つだけだ」というもので、皆なんとなくそうしたことで納得した気になっている。世の中皆「”仮面(ペルソナ)”はニセモノの自分で、その裏に隠れている”本当の自分”を見つけ出し、誠実な人間として自分に正直に生きるべきだ」といった強迫観念に囚われてしまっているのではないか。それがすべての間違いの元である。たった一つの「本当の自分」なんてものは無い。いろんな状況の中で、いろんな人に対して見せる様々な顔がすべて「本当の自分」であると考えた方が腑に落ちる。「個人」は分けられない最小単位ではなく、対人関係ごとの様々な自分に分かれている。それが「分人」という概念である。私とは何か。私という人間は対人関係ごとのいくつかの分人のネットワークである。そこには「本当の自分」などという中心はない。

 ほとんど「まえがき」のまとめだが、だいたい以上のことが論旨かと思う。

 そのうえで気になったフレーズを拾い上げておく。

  • (人間は)相手次第で、自然と様々な自分になる。それは少しも後ろめたいことではない。P36
  • 他者と接している様々な分人には実体があるが、「本当の自分」には実体がない。それは結局、幻想に過ぎない。・・・・・・唯一無二の「本当の自分」という幻想に捕らわれてきたせいで、・・・・・・それを知り、それを探さなければならないと四六時中唆されている。それが「私」とは何か、というアイデンティティーの問いである。P37~P38
  • あらゆる人格を最後に統合しているのが、たった一つしかない顔である。逆に言えば、顔さえ隠せるなら、私たちは複数の人格を、バラバラなまま生きられるのかもしれない。P54
  • 私たちには、生きていく上での足場が必要である。その足場を、対人関係の中で、現に生じている複数の人格に置いてみよう。その中心には自我や「本当の自分」は存在していない。ただ、人格同士がリンクされ、ネットワーク化されているだけである。P68
  • 私たちは、朝、日が昇って、夕方、日が沈む、という反復的なサイクルを生きながら、身の回りの他者とも、反復的なコミュニケーションを重ねている。人格とは、その反復を通じて形成される一種のパターンである。P70
  • 自分は、分人の集合体として存在している。それらは、すべて他者との出会いの産物であり、コミュニケーションの結果である。他者がいなければ、私の複数の分人もなく、つまりは今の私という人間も存在しなかった。P100
  • 人間は、たった一度しかない人生の中で、出来ればいろんな自分を生きたい。対人関係を通じて、様々に変化し得る自分をエンジョイしたい。いつも同じ自分に監禁されているというのは、大きなストレスである。P116
  • 愛とは、相手の存在が、あなた自身を愛させてくれることだ。そして同時に、あなたの存在によって、相手が自らを愛せるようになることだ。その人と一緒にいる時の分人が好きで、もっとその分人を生きたいと思う。コミュニケーションの中で、そういう分人が発生し、日々新鮮に更新されてゆく。だからこそ、互いにかけがえのない存在であり、だからこそ、より一層、相手を愛する。相手に感謝する。P138

 

 本書を読んで『ある男』を読むことを、あるいは『ある男』を読んで本書を併せ読むことを是非ともお薦めする。

 

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