佐々陽太朗の日記

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『八本目の槍』(今村翔吾:著/新潮文庫)

2022/08/20

『八本目の槍』(今村翔吾:著/新潮文庫)を読んだ。学生時代からの友人の推し本である。

 まずは出版社の紹介文を引く。

石田三成とは、何者だったのか。加藤清正片桐且元福島正則ら盟友「七本槍」だけが知る真の姿とは……。「戦を止める方策」や「泰平の世の武士のあるべき姿」を考え、「女も働く世」を予見し、徳川家に途方もない〈経済戦〉を仕掛けようとした男。誰よりも、新しい世を望み、理と友情を信じ、この国の形を思い続けた熱き武将を、感銘深く描き出す正統派歴史小説吉川英治文学新人賞受賞。

 

 

 

 戦国時代において私が一等好きな人物は二人。織田信長石田三成である。信長は非情なまでに理知的な判断を下せるところ。三成は理に優れるところが魅力だ。軍事だけではなく、産業、経済、社会システムのあるべき未来にビジョンを持っていた。どちらも先進的すぎたが為に人に理解されにくいところがあり、道半ばにして生涯を終えたところも共通している。二人にとっての不幸は時代が一歩、二歩遅れてついてきたこと、生まれたのが少し早すぎた。いや、先の先が見えすぎたと言うべきだろうか。

 信長の遺志を継いで天下を統べたのは豊臣秀吉だが、秀吉が天下人となれたのは三成のような能吏を召し抱えたからだろう。当時の兵站は現地調達。商人らとの交渉、金の管理、後方の組織化など有能な事務方なしには戦は勝てない。武器の調達や外交的活動も事務方の仕事である。戦の現場における勇猛果敢な武将の単独の活躍など、最前線の兵を鼓舞する効果はあったとしても大局を決するとも思えず、些か失礼な表現になるが単なるスタンドプレーでしかない。その点、三成は裏方ではあるが、兵が戦に集中し存分に働け、遠征地での長期戦であっても戦える環境を整えた。政においても旧弊にとらわれることなく聡い判断をし、有能な人材を召し抱え、自由交易を拡げようとした人物である。そのことは秀吉が治める地を活性化し、領民を潤し、結果として豊臣家の財政を潤沢にした。つまり戦闘以前のところで敵対者に勝っており、間接的に戦を有利にしたと言える。戦で名を馳せた武将らが三成を高慢で小心な人物と忌み嫌っていたように伝わるが、彼らが戦場で存分に働けたのは三成の才と献身があってのことである。後世において、かように優秀な三成が関ヶ原での勝者・徳川側の史観によってこき下ろされるのは残念なことだ。三成が嫌な奴というのは、才なき者の妬み嫉みであって、実際の三成はむしろ情に厚く、理知的であってなお義を貫く人物であって、不利とわかっていても亡き主君・秀吉の遺志を大切にした忠義の人物であったのだと。私はそう言いたい。

 前置きが長くなった。本書は賤ヶ岳の七本槍と称される武将たちを主人公にした連作短編集のかたちを取っている。本能寺の変織田信長亡き後、明智光秀が成敗され、信長が築き上げた権力と体制を誰が継承するかを決定づけた豊臣秀吉柴田勝家の戦が「賤ヶ岳の戦い」である。勝利した秀吉は天下人への階段を上っていくことになる。その戦いでめざましい働きをみせた秀吉近習の七人の武将達を称え七本槍と称した。ちなみにその七人は下記とおりで、石田三成もまた秀吉の近習に仕え「賤ヶ岳の戦い」で戦ったがその中に入っていない。しかし三成は戦場での手柄こそさしたるものがないものの、諜報・情報収集の任にあたっており戦いを勝利に導いた功をもってさらに取り立てられている。つまり七本には数えられなかった八本目の槍こそが三成であり、本書の題名になっている。

 七人それぞれが若き日に秀吉に召し抱えられ、秀吉の近習として切磋琢磨しながら程度の差こそあれ立身出世していく。彼らと共に若き日を過ごし、特にその明晰な頭脳と才知によって秀吉の側近として中枢を担うかたちで豊臣家を支えた三成。協力するにせよ、競争するにせよ、敵対するにせよ、三成と七人の槍は深く深く関係していく。そんな七人の人生を描く中で、七人の目が観た三成の真の姿が浮き彫りになっていく。立場は違えど若き日に肝胆相照らした仲間。お互いに深いところでの理解とリスペクトがある。真に才ある者が三成の才を知るのだ。凡庸な者が表面的な、しかもバイアスのかかった先入観で観る三成とはまったく違う。三成の本当の想いが明らかになったとき、熱いものが私の胸にこみあがり、心が震えた。

 三成は戦に明け暮れる世に合って、いつか争いのない世を実現したいと思い、そのためにこそ主君秀吉による天下平定をめざす。そして戦のなくなった太平の世がいかにあるべきかグランドデザインを描いていた。戦いしか能がなく何も生産しない武士は減らす。政(まつりごと)は民の手に。女性の社会進出を実現する。明晰な頭脳でビジョンを描き、それに近づくべく、たとえ他に理解されなくとも、あくまで冷徹に信念を貫こうとした三成がカッコイイ! イイ! すごくイイ!

 三成推しの私の心をこれほど震わせてくれる小説にこの先出会うことはおそらく無い。それほどの出来だ。史実とされていることに巧みにフィクションを交え、これほどまでにカッコイイ三成を描いてくれた今村氏に感謝感激、拍手(^-^)//\\ぱちぱち。